第一章 始まりの村 前編 狙われた村

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こちらは雑種連れで宿屋の宿泊を断られた冒険者。相手はこの世界の人々の間で広く信仰されているソーレル教の神官。これで騒ぎを起こせばどうなるかくらい、ソウタもわかっていた。元いた世界で例えるなら、イスラム教徒とキリスト教信者がケンカするようなものだ。どちらが悪者にされるかは明らかだった。 ソウタにそれ以上の戦意はなかった。そもそも、神官の少女の関心をこちらに向けることができた時点でソウタの目的はほぼ達成されている。ソウタからすれば、これ以上目の前の少女神官に関わる理由などないのだ。 だが少女神官は別だった。射抜くような鋭い目でソウタを睨みつけている。 神官や司祭といった宗教に関係する人種の狭量さは、今までのウィルステラの生活の中で嫌というほど思い知らされている。これはもう穏便に済ませるのは不可能だろう。 (これはもう、2、3発殴られるしかないか……) 神官相手に手を出すわけにはいかない。何発か殴らせて相手の気を済ませてやろう。そう思ってソウタが殴られる覚悟を完了した次の瞬間、酒場のドアが勢いよく、それこそ外れて飛んでいきそうなくらいの勢いで開かれた。 扉の向こうには一人の男性が立っていた。よほど慌ててここまで来たのか、激しく肩を上下させて息をしている。 酒場にいる中で酔いの浅い者、危険に対して敏感な者が入口に立っている男の異様さからすぐに何か大変なことが起こっているのだと理解する。 男は酒場を見渡して様子を確認する事もなく、ただその場にいる全員に聞こえるようあらん限りの声で叫んだ。 「ま、魔族の襲撃だ! みんな、早く逃げろ!」 魔族の襲撃。その言葉はウィルステラに住む全ての人間にとっての、平和な日常の終わりを意味するものだった。 人間のみならず、エルフ、ドワーフ、ミューア、そして雑種。 このウィルステラに生きる人々が有史以来、現代に至るまで、長きに渡って終わることなく争い続けてきた天敵――魔族。 その襲来の知らせを耳にした者たちの反応は三つに別れた。 まず最も数が多かったのが、この場に留まった者たち。酔っている者、危機感に欠け状況が正確に把握できない者、状況を把握できてもどうするべきか行動を決められない者。あるいは、あえて動かずに事態を冷静に観察している者。愚か者から知恵の回る者まで、多くの人間がここに含まれた。
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