第一章 始まりの村 前編 狙われた村

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アメルシア公国の首都から歩いて2日ほどかかる位置にあるその村は、名産品の薬草が採れる以外には何の特色もない地味な村だった。だが首都に向かう街道の道中という立地条件から、首都を訪れる人々が立ち寄ることが多く、それほど寂れた村のような雰囲気はない。 特に夕刻を過ぎ、夜になろうかとしている時間帯の酒場は村人と来訪者で賑わっており、その盛況っぷりは下手な町の酒場にも負けないほどであった。 ある者は今日一日の仕事の疲れを癒やすため、またある者は長旅の疲れを癒やすため杯を傾けながら、気心の知れた顔見知りと、あるいはこの酒場で一期一会の出会いを果たした相手を歓談する。そんな楽しげな空気に満ちた酒場の扉を押し開いて、また新たな客が入ってきた。 観音開きの、元の世界で見た西部劇映画に登場する酒場の入口を思い起こさせる扉を押し開いて中へと足を踏み入れた瞬間、ソウタは周囲の視線が自分たちに向かって集まるのを感じた。 何度浴びても慣れない、いや、正確には気の抜けない視線に緊張して次の一歩を踏み出せずにいると、横に並んでいた若い女性が前へと進み出た。 女性の名はプレア・レーギア。ウィルステラに転生したソウタを拾ってくれた家族の一人であり、ソウタにとっては第二の人生の母親に当たる人物でもある。 旅慣れた服装と無造作気味にまとめられたポニーテールの髪型からは想像できないことだが、彼女はこれでも貴族であるレーギア家の御令嬢なのだ。ただし、頭に『元』とつくのだが。 プレアは十代の頃、屋敷の近くの村の男と恋に落ち、駆け落ち同然に結婚した。 それが理由で家から勘当されてしまったのだと、プレアは笑い飛ばしながら聞かせてくれた。 「酒場は本来なら子供が来ちゃいけない場所なのよ。ここはいつも通り大人に任せなさい」 首だけを動かしてこちらを振り返るプレアの顔には、不敵な微笑が浮かんでいた。大きな声で話しながら酒を飲んでいる大勢の大人たちを見ても全く動じないその落ち着きは、とても貴族の家に生まれ育った女性とは思えない。身長を頭一つ分上回った今でも、自分はまだこの人から見れば子供なのだということを、ソウタは改めて実感した。
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