第一章 始まりの村 前編 狙われた村

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背中の辺りまで伸びた緩いウェーブのかかった髪を軽くかき分けてから、プレアは店主に向かって確認する。 「構いませんよ。むしろこっちからそうお願いしたいくらいでした。なにしろ、今日は客が多くて部屋があまり開いてなくて……」 宿屋としては三人で一つの部屋に泊まってもらうより、一人ずつ別の部屋に泊まってもらった方がありがたい。その方が当然儲けが大きくなるからだ。 だが店主は快く了承してくれた。やはりこの村の宿は当たりだとソウタは改めて思った。 「それでは、お名前を教えて頂いてもよろしいですか?」 「プレア・レーギアよ」 「御宿泊の日数はお決まりですか?」 「うーん、とりあえず今晩だけでいいわ。明日には出発するから」 「かしこまりました」 店主は口を動かしながら迷いのない手つきで帳簿に記入していく。ちなみにこの世界の人々の識字率は高くはない。宿泊客が名前を書くのではなく、店主が客に名前を訊ねてそれを記入するというやりとりも、一般人の多くは文字が書けないという前提があってのものだ。 「ところでその格好、あなたは冒険者ですか?」 客に対する詮索はあまり歓迎されないが、今回の場合はマナー違反とまではならない。冒険者はその仕事の性質上恨みを買っていることも少なくない。加えて冒険者自体が、一般人から見ればならず者と紙一重という側面もある。そんな彼らを宿泊させることは宿屋側にとって大きなリスクであり、相手が冒険者だと思われる場合はそれを確認するのは宿屋として当然のことだった。 「ええ、そうよ。なに? 女性の冒険者がそんなに珍しいのかしら?」 「いえ、特にそういうわけではございません。ところで、お連れ様の方は……」 店主はプレア以外の二人も冒険者かどうかを確認する意味で言ったのだろう。 その質問を受けたプレアの形の良い唇が弧を描く。 プレアの表情を見て、ソウタは一瞬で理解した。プレアは今間違いなく、何か良くないことを考えているなということを。伊達に六年間も家族同然に過ごしてきたわけではない。 本能的な危機感に動かされ、ソウタが口を挟むよりも早く、プレアはとんでもない一言を口走っていた。 「この人は私の夫よ」 平然と真顔で、嘘をついているような素振りの欠片も見せることなく、プレアは店主に向かって言った。
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