相席

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相席

 出張先で、ホテル近くの小さな食堂に入った。  カウンターはなく、二人がけのテーブルが三つと、四人がけのテーブルが二つ。それでいっぱいになる規模の店だ。  時間帯のせいか、店内にはまだ客の姿がない。それでも混雑してきた時のことを考え、私は奥まった二人がけのテーブルに着いた。  注文を終え、出された水を飲んで一息ついていたら、店に客がやって来た。  サラリーマンらしき男性客で、私と同様に一人きりでの来店だ。  てっきり、隣かもう一つ向うの二人がけに座るだろうと、そう思っていたら、ふいに男は私の対面の席に着いた。 「すいませんね。相席お願いしますよ」  当たり前のように言われ、反射で頷いてしまったが、すぐに私の内心は『どうしてだ』という気持ちでいっぱいになった。  席はどこも空いていて、正直、座りたい放題だ。わざわざ手狭な二人がけに相席を頼んでくる理由がない。  常連で、どうしてもこの席でなければいやというこだわりがあるのだろうか。  あるいは、もう少しすると店が混雑してくることを知っているから、あらかじめ自分は相席をして、他の人に席を回そうという意図なのか。  何にしても、私にとっては迷惑なことに変わりはない。しかし、一度頷いてしまった以上、今から席を移れと言うのも気が引けるし、こちらが移動するのも憚られる。  というか、赤の他人でも構わないから、誰かと一緒に食事がしたいという気質の人間だったら、どう席を移ろうとつきまとわれることになるだろう。そして多分その際には、私の気分はもっと悪いことになっている筈だ。  食べ終わるまでに長い時間がかかるコース料理を頼んだ訳じゃない。ありふれた定食なら、食べ終わるまでにさして時間はかからないだろう。その僅かな一時の辛抱だ。  程なく運ばれてきた和定食を、いつもよりがっつく感じで流し込む。  味はいいので、できればもっとゆっくり食べたかったが、いかんせん、もう気持ちの方が店を出たくて仕方がなくなっていたのだ。  そそくさと食事を済ませると、一応の礼儀で『お先に』と男に断り、私は席を離れた。  店員に会計をしてもらい、戸口へと足を向ける。だが、店を出ようとした瞬間、三人連れの客が入って来て、私は彼らに道を譲る形で体を引いた。  その際に、さっきまで私が巣掘っていた席が見えた。  そこに、男の姿はなかった。
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