相席

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 多分、トイレにでも行ったのだろう。できたら、私が食事をしている間中こもっていてほしかった。  そんなことを考えている間にも、今の客達に注文を聞いた店員が、戻りがてらに私の食器を片していく。  その時に、テーブルの上に湯のみがないことに気づいた。  私の食事は済んだが男はまただ。湯のみを片づけるのはよくないだろう。見ればおしぼりも置かれていないし、きっと店員が、 うっかり私の分と一緒に片づけてしまっているに違いない。  まだそこにお客さんは戻りますよと、横を過ぎようとする店員に告げかけ、私は口を噤んだ。  お盆の上に乗っているのは、私が食べた定食の食器。後は湯のみが一つとおしぼが一人分。  うっかり片づけた訳じゃない。そこには私が使った物しか存在してない。  じゃあ、あの男の湯のみとおしぼりは…? 「あの、今そこに、もう一人男のお客さんがいましたよね?」 「? もう一人のお客さん?」 「ええ、私の対面に、相席したいって座った人」 「?? 誰も、いませんでしたけど?」  店員がの顔にも声にも、嘘をついている様子はなかった。それにすぐに気づき、私は、何か勘違いしていたと場をごまかし、そそくさと店を後にした。  勘違いでも気のせいでもない。確かにさっき、私の対面の席に男が座った。相席を申し込んできた。  でも、店員はそんな男は知らないという。  だとしたら、答えは。男の正体は…。  何かを確かめるように、店のガラス戸から店内を覗いてみる。  さっき、私と入れ違いに店に入って来たサラリーマンらしき三人組。彼らの席に四人目の姿を見つけ、私は一目散にその場を走り去った。  出張先の、二度と入ることはないだろう店でのできごとだから、結局男のはっきりとした正体は判らないままだ。むろん、知りたいとも思わないし。  ただ、この件以来、一人で食事に行った時、変わったことが二つある。  一つは、店にカウンター席があれば、必ずそこに座るということ。  そしてもう一つは、何があっても相席は拒否するし、どうしてもの場合は店を出るというポリシーを持ったこと。  あの日以来、私にとってもうこの二つは、何があっても譲れないことだ。 相席…完
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