69人が本棚に入れています
本棚に追加
⑩
廊下にでると、学生服姿の少年がいた。
スポーツバックを提げている。
七海の弟の諭だ。
「瀬名さん、お話があります」
真剣な表情で諭がいった。
「姉ちゃんは……いや、姉は当たり屋なんかするようなひとじゃありません!」
病院の中庭で諭は瀬名に向かってきっぱりと断言した。
「信号を無視して飛び出したって聞いたけど、それだってわけが--」
「わかってる。そんなひとじゃないことはぼくにだってわかる」
沈黙がわだかまる。
諭が悔しそうに拳を握りしめている。
「ちょっと座ろうか」
瀬名はケヤキの下のベンチに諭を誘った。
「きみは野球をやっているのか?」
諭がこくりとうなずく。
「あいつを殴りたかった。でも、これから大事な大会がはじまるから……」
「秋季大会……アキタイか……」
過ぎ去った青春を懐かしむかのように瀬名がつぶやく。
諭は病院の廊下で懸命に自分を押さえつけていたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!