第1章 最悪の出会い

6/13
前へ
/89ページ
次へ
   ⑤ 「あ……いえ……その……」  わるいのはあたしです……と、いおうとしたところ、諭が誇らしげに立ち上がった。 「このひとは瀬名光流(せな・ひかる)さん。  姉ちゃん、覚えてる!?  ほら、6年前、甲子園の決勝で逆転サヨナラホームランをくらって敗れた、『悲劇のエース』と呼ばれたひと!」  そういわれても、そんなひとがいたような……  というあやふやな記憶しかない。  七海は弟と違って、野球に興味はまったくといっていいほどない。 「あの、よかったらサイン、いただけませんか?」  ごそごそと学生カバンからノートを取り出した諭をみて静江が声をあげた。 「バカ、このひとは事故の加害者なんだよ!  自分の姉をひいたひとにサインをねだるなんて、どうかしてるよ!」 「えー、でも……」  諭が不満げに口を尖らす。 「とにかく、賠償と慰謝料は払っていただきますからね」  静江が瀬名に向かってきっぱりといい釘をさした。 「それはもちろんです。誠心誠意こたえさせていただきます」  瀬名が再び深々と頭を下げた。  見ていて気の毒になるくらい恐縮している。  ワルイノハ……アタシナノニ……  なぜか七海はもう、その言葉がいえなかった。  いえばその瞬間から王子様は離れてゆく……  そんな不安に七海は捕らわれはじめていた。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

69人が本棚に入れています
本棚に追加