第1章

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「ううん。……平気。今日はもう退けるつもりだったから」 「来たばかりなのに?」 「そうなんだけど」 ぱたぱたと開いた本を閉じる。野原は慎と目を合わそうとしない。 「尾上君は?」 「昨日借りた本を返しに」 「そう、どうだった」 「なかなか興味深かったよ。君にも役に立つと思う。タイトルは……」 「いいわ、せっかくだけど」 慎は、おやという顔をした。 野原は何事にも好奇心旺盛で、読書量もきわめて多かった。武や慎が読む本はあらかた目を通したし、どの本を読んでいてもとても楽しそうにページをめくり、レジュメを取った。 その彼女が、本に興味を示さないなど、ありえない。 「君らしくないね」 「そうね、私らしくない」 とん、とノートを閉じて幸子は言う。 「でも、いいの。もう、いいの」 鞄にノートや文房具をしまう彼女の、首筋がやけに細く見えた。 ああ、いつもアイロンでプレスして糊がかかってるシャツが、少しくたびれているんだ。だからなよっとしたシャツから覗く肌も元気なく見える。 「私、帰るわね」 「野原君」 「何」 「今日、これからどうするんだ」 「ないしょ」 「もし、空いているなら、少し話をしないか」 「あなたは……どうなの、忙しくしてるんじゃないの」 「ないしょ」 慎は幸子の真似をして返す。 「でも、君と話す時間は取れる」 さあ決まりだと言って、野原の都合にかまわず、彼女の荷物を横取りして、慎はスタスタと図書館を後にした。 「ちょっと待って、あなたとは足の長さが段違いなのに、ひどいわ!」 文句を言いながら追いかけてくる彼女の口調に、いつもの張りが戻っているのに少し安心する。
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