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「ううん。……平気。今日はもう退けるつもりだったから」
「来たばかりなのに?」
「そうなんだけど」
ぱたぱたと開いた本を閉じる。野原は慎と目を合わそうとしない。
「尾上君は?」
「昨日借りた本を返しに」
「そう、どうだった」
「なかなか興味深かったよ。君にも役に立つと思う。タイトルは……」
「いいわ、せっかくだけど」
慎は、おやという顔をした。
野原は何事にも好奇心旺盛で、読書量もきわめて多かった。武や慎が読む本はあらかた目を通したし、どの本を読んでいてもとても楽しそうにページをめくり、レジュメを取った。
その彼女が、本に興味を示さないなど、ありえない。
「君らしくないね」
「そうね、私らしくない」
とん、とノートを閉じて幸子は言う。
「でも、いいの。もう、いいの」
鞄にノートや文房具をしまう彼女の、首筋がやけに細く見えた。
ああ、いつもアイロンでプレスして糊がかかってるシャツが、少しくたびれているんだ。だからなよっとしたシャツから覗く肌も元気なく見える。
「私、帰るわね」
「野原君」
「何」
「今日、これからどうするんだ」
「ないしょ」
「もし、空いているなら、少し話をしないか」
「あなたは……どうなの、忙しくしてるんじゃないの」
「ないしょ」
慎は幸子の真似をして返す。
「でも、君と話す時間は取れる」
さあ決まりだと言って、野原の都合にかまわず、彼女の荷物を横取りして、慎はスタスタと図書館を後にした。
「ちょっと待って、あなたとは足の長さが段違いなのに、ひどいわ!」
文句を言いながら追いかけてくる彼女の口調に、いつもの張りが戻っているのに少し安心する。
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