第1章

18/24
前へ
/24ページ
次へ
◇ ◇ ◇ 変わりやすい初夏の翌日、昨日飛んでいた雲霞は死に絶えたように姿を見せない。 寒い朝だった。 ふるりと身を震わせ、学校へ向かう慎の後ろから、たかたかたかと駆けてきて追い越し際に「おはよう」とかける声がある。 武だ。 いつものように髪をきちんと撫でつけ、蝶ネクタイにきちんとプレスされたシャツにスラックスを合わせ、靴はぴかぴかに光っている。 戦後、物資が乏しい中、どこで調達したのかと憎まれ口を叩きたくなるくらい、彼の洒落心は徹底している。いつものように爽やかで隙がない。 寝起きの悪さも手伝って、慎は無愛想に返事した。 「ああ、すばらしい朝だな」 「うん、そうだね、慎君が不機嫌になるくらいに。何があったのさ」 「君は、何もないのか」 「ううーん、何で? 僕が? どうして?」 「昨日、学校へ出て来なかった」 「ああ、そうそう、いや、参ったよ、列車が途中で止まっちゃってさ。あれだね、日本はまだまだだ。欧州並みに鉄道網が整うのはいつになるんだろう」 「遠いよその国のことより、自分の国の、身近なことの方が大事じゃないのか」 「何だよ、いちいち突っかかるねえ、どうしたのさ」 「見合いしたそうだな」 「そうなんだ!」 ぱっと喜色を浮かべる友人の顔は晴れやかだ。 「一目会ってお互い気に入ってね、トントン拍子に話がまとまった。いやー、もう一安心だよ」 「本当――だったのか」 「うん!」
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加