8人が本棚に入れています
本棚に追加
◇ ◇ ◇
変わりやすい初夏の翌日、昨日飛んでいた雲霞は死に絶えたように姿を見せない。
寒い朝だった。
ふるりと身を震わせ、学校へ向かう慎の後ろから、たかたかたかと駆けてきて追い越し際に「おはよう」とかける声がある。
武だ。
いつものように髪をきちんと撫でつけ、蝶ネクタイにきちんとプレスされたシャツにスラックスを合わせ、靴はぴかぴかに光っている。
戦後、物資が乏しい中、どこで調達したのかと憎まれ口を叩きたくなるくらい、彼の洒落心は徹底している。いつものように爽やかで隙がない。
寝起きの悪さも手伝って、慎は無愛想に返事した。
「ああ、すばらしい朝だな」
「うん、そうだね、慎君が不機嫌になるくらいに。何があったのさ」
「君は、何もないのか」
「ううーん、何で? 僕が? どうして?」
「昨日、学校へ出て来なかった」
「ああ、そうそう、いや、参ったよ、列車が途中で止まっちゃってさ。あれだね、日本はまだまだだ。欧州並みに鉄道網が整うのはいつになるんだろう」
「遠いよその国のことより、自分の国の、身近なことの方が大事じゃないのか」
「何だよ、いちいち突っかかるねえ、どうしたのさ」
「見合いしたそうだな」
「そうなんだ!」
ぱっと喜色を浮かべる友人の顔は晴れやかだ。
「一目会ってお互い気に入ってね、トントン拍子に話がまとまった。いやー、もう一安心だよ」
「本当――だったのか」
「うん!」
最初のコメントを投稿しよう!