第1章

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◇ ◇ ◇ 顔はいいが、着ている服は頂けない。 これが慎の寸評だった。 着たきりスズメの黒いズボンはすれて光っている。 上に着るシャツはなるべく替えるようにしているが、所詮男の着替えだ、面倒になるとこちらも着たきりになる。 足元はこれまたいつ買ったか覚えていないくらいすり減った下駄を合わせている。 彼は180cmを優に越す長身で、平均的な日本人男性より頭ひとつ分以上抜きん出ている。そこに高い下駄では長身をひけらかすようだから、あえて古い下駄を愛用しているのだと言い訳をしていた。 身なりを理由に女に不自由したことはないのだから、これでいいわけだ。 先日、変な男達に絡まれた女とは連絡が取れなくなっていた。 女は気にならない。が、男の方は気になった。 彼らは何者なんだ。 学校から自宅までの足は路面電車を使う。停留所で電車を待ったが、いつまでたっても来ない。 こんな日もある、たまには散歩と洒落こんで、遠回りして歩いてみてもいいだろうと、慎は普段使わない道を取った。 敗戦後、まだまだ治安が良いとは言いがたい。男であっても何があるかわからない頃だ。のっぽの慎にケンカを売るバカはいないが、時々高価な本を持参している時もある、これをなくすのは痛い。 やはり徒歩は止めて、素直に電車を待つか。 夕も更け、酔狂に散歩している場合ではない時間帯になっている。路面電車の停留所を探していた時だった、女の尖った声が耳に飛び込んできた。
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