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「先を急ぎますから!」
この声には聞き覚えがある。
野原君か?
知らない女なら多分通り過ぎた。しかし、同窓で馴染みのある学生となると話は別だ。
こんな時間に、何をしている。
慎は軽く舌打ちをする。女が一人で出歩くには少しばかり遅い時間だからだ。何をされても文句は言えない。
さらに聞いたことがある男の声がした。
「何だよ、せっかく遊んでやると言ってるのに、たまには違う相手の方が気が変わっていいだろうがよ」
……こいつは福留だ。やっかいだな。
慎は眉をひそめた。
福留は慎が在席している研究室では古株にあたる学生だ。野原と慎が編入するまで、実質ナンバー2だったという。もちろん、ナンバー1は武だ。二番手に甘んじてどこがうれしいのかさっぱり意味不明だが、武は別格の存在だ、誰も勝てない。だから二番手でも良いという理屈らしい。福留は武幸宏に心酔している。まるで女子校生が上級生に憧れるように。憧れる者には勝てなくても良い。なけなしのプライドに傷がつかないからだ。しかし、慎や野原が入って状況は変わった。福留は、慎はもちろん女の野原にすら負けた。敗北感から来る福留の悪意の矛先は慎ではなく野原に集中した。
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