第1章

6/24
前へ
/24ページ
次へ
「先を急ぎますから!」 この声には聞き覚えがある。 野原君か? 知らない女なら多分通り過ぎた。しかし、同窓で馴染みのある学生となると話は別だ。 こんな時間に、何をしている。 慎は軽く舌打ちをする。女が一人で出歩くには少しばかり遅い時間だからだ。何をされても文句は言えない。 さらに聞いたことがある男の声がした。 「何だよ、せっかく遊んでやると言ってるのに、たまには違う相手の方が気が変わっていいだろうがよ」 ……こいつは福留だ。やっかいだな。 慎は眉をひそめた。 福留は慎が在席している研究室では古株にあたる学生だ。野原と慎が編入するまで、実質ナンバー2だったという。もちろん、ナンバー1は武だ。二番手に甘んじてどこがうれしいのかさっぱり意味不明だが、武は別格の存在だ、誰も勝てない。だから二番手でも良いという理屈らしい。福留は武幸宏に心酔している。まるで女子校生が上級生に憧れるように。憧れる者には勝てなくても良い。なけなしのプライドに傷がつかないからだ。しかし、慎や野原が入って状況は変わった。福留は、慎はもちろん女の野原にすら負けた。敗北感から来る福留の悪意の矛先は慎ではなく野原に集中した。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加