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暗がりの中、スカートをたくしあげられた野原の足が見える。
「お話にならないな」呆れ声で慎は答えた。
「君の遊びにつきあう趣味はない」
「じゃ、あっち行け!」
「そうはいかない。私の友人が君を軽蔑するだろうから」
「友人……」
「武君だ」
武幸宏の名前は効果絶大だった。憧れの君の名を耳にして明らかに狼狽した福留は、慎の背後に目を向け、小さく叫んで脱兎の如く逃げ出した。
「出る幕はなかったようですな」
慎は振り返る。
暗がりの中に立つ姿は一人二人ではない。出歯亀でもない。
「誰だ」
「聞いたことのあるお名前がしたもので。ただの通りすがりです。尾上様」
「何故、私の名を知っている?」
「武先生のお知り合いだとか」
暗がりから一歩足を進めた男の顔に、街灯の灯りが一筋走る。慎は一瞬息を飲んだ。
『ここでの掟を決めるのは私、あなた様ではありません。今後、関わりは持たないことです』
いつかの夕べに、慎に向かって宣告した男が立っていた。
お前は。
口にしかけた時、男は目配せをする。余計なことは口にするなと言っている。
「申し遅れました。私は木幡と申します。武先生とは少しばかりご縁があります関係でご学友の方のお名前も存じ上げております。それより、そちらのご婦人はよろしいのですか」
その通りだ。
慎はちらと野原の方に視線を送り、言った。
「早く服を改めたまえ。誰が来るかわからない」
野原は慌ててシャツの前を掻き集めた。胸元がはだけ、豊満な乳房が露出していた。
「自宅まで送ろう。住まいはどこだ?」
彼女はすぐには答えられず、胸の前で手を組んで動けないでいる。
木幡と名乗った男は瞳を引き絞り、酷薄とも冷笑とも取れる表情をする。
「武君とはどういう繋がりがある」
「尾上様には関係ありません」
気味が悪い。この男は何かに似ている。
ちりちろと舌を出す蛇のようだ。
慎は嫌悪感を覚え、身震いした。
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