第1章

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◇ ◇ ◇ 慎と武、野原の三羽カラスが、三人でわいわいと過ごす日も終わりが訪れようとしていた。武が同期の中からいの一番に講師に内定した。 彼は柊山の覚えも目出度く、素性も良く、コネクションもある。その上、学業も優秀だった。 「おめでとう、あなたならきっと成功すると思っていた」野原は友人を祝福する。 慎も彼女に続いて祝辞を述べたが、内心は複雑だ。武なら当然と思う反面、嫉妬も抱いた。野原のように手放しでは喜べなかった。 三人の輪から武が欠ければ、残った二人が集うかというとそうはならない。野原と過ごす機会も自然と少なくなり、いつしか三人がばらばらに行動するのが当たり前になった頃だった。 資料を返しに行った開館直後の図書館の正面には噴水がある。窓外に目を向けると、野原の姿が目に留まった。 薄く開いた窓から見える、所在なく座る横顔は幼かった。 いつもの存在感はなく、空気のように稀薄で儚げだ。 いつもの勇ましく議論する姿のかけらもない。 こつこつと、窓枠の縁を叩くと、一拍間を空けて、ゆっくりと彼女は顔を上げた。 「尾上君」 「やあ」短く声をかける。 「調べ物?」 「……ええ、そうね」 彼女が腰掛ける噴水の縁には大学ノートに参考書や文献が、いかにもこれから勉強をおっぱじめます、と告げるように並んでいた。が、薄っぺらな紙の辞書が風にはためかれてひらひらとめくれてでたらめなページを開けるように、見せかけの道具は用を果たすわけがない。 わかっていて聞いた。 「お邪魔だったかな」
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