1話

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「実は、冬子の事を好きになったんだ。君は悪くないんだ。だから俺を罵ってかまわない」 「ごめんなさい。私もこんなつもりじゃなかったの・・・」 言葉が左の耳から入り、私の心を殴り、右の耳から出ていく。 そして同じ言葉が、再度左の耳から入り、私の心を殴り、右の耳から出ていく。 乙女ゲーのバグのような、同じ場面が何度も続く無限ループ。 予想していたとはいえ、心にダメージを追う。 「分かったわ、別れましょう」 私は椅子から腰を上げる。 机の上の水が入ったコップを持つ。 そして、冬子の方に向けると見せかけて、水をグビグビと飲む。 すんごく美味しい。 こんなにも水が美味しいと思ったことは初めてかも。 修羅場水として売りに出せばいいと思う。 きっと売れるはず。 ふと前を見ると、水をかけられると思ったのか、冬子はガクガクと震え、一が冬子に覆いかぶさっている。 ばっかみたい。 そんな子供っぽい事するわけないでしょ。 大人はこうするのよ。 私は、とある席に向かって手を上げる。 すると、一人の男性が私の元に来る。 スーツ姿の端正な男性。いかにもできる男という雰囲気を放っている。 私は携帯を操作し、彼の手をとり、ボックス席で驚いている冬子と一を見る。 「ど、どういうことだよ。誰だよそいつ」 数秒前に元彼になった一が、私とスーツ姿の男性を見る。 驚きと怒りの表情が一に見て取れる。 「彼女の恋人さ」 「はぁ、何言ってるんだよ!」 「彼の言葉は本当よ。たった今から付き合う事にしたの」 「何いってるんだよ。何かの冗談だろ」 「冗談ではない。私は彼女が世界で一番好きだし、彼女程素晴らしい女性はいないと思っている。君には感謝するよ」 「彼、前から私に興味を示してくれていたの。それにもう、あなたは私の彼氏でもないんだからどうでもいいでしょ」 「は・・・それは・・・違うんだ」 私は、彼の言葉を最後まで聞かずにさえぎる。 「私とあなたはさっき別れたの。婚約までしたんだから、ちゃんと両親にはあなたの方から説明してね」 一は口を開けたまま放心状態になっている。 私は一の横でブルブル震えている冬子を見る。
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