第1章

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 凪雲は周囲の緊張や雪也の抱える居心地の悪さを意に介さず続ける。しかも彼は自信に満ち溢れているようだ。 「このキプリング邸は四角錐であるがゆえに、一階は面積が広く、二階、三階、と徐々に狭くなっていきますね。もちろん四階は一番狭く、わずか五メートル四方の空間です。この四階がフロアごと可動します。地下一階まで降りて、再び上昇することも可能です。可動式箱、つまりエレベーターに近いですが、それに加えてエンジンで上昇できるのですから、地上から四十メートル以上の高さにでも移動できるわけです」  凪雲は四階を、非常に馴染み深い単語で現した。 「航空機のエンジンが部屋についてるっていうのか?」  懐疑的な色を含んだ雪也の声に被せるように、凪雲は滔々と話し続ける。 「そうです。加えて一階と二階の中央は五メートル四方ほど吹き抜けになっているし、その上階である三階は床の取り外しが可能なようです。だから家具等をどけて三階の床を抜けば、殆ど障害物もなく、四階を下方に動かして地下まで辿り付けるんですよ」 「そんな......」  声を上げる雪也に向かって、凪雲は不敵な微笑を浮かべる。 「単純すぎて考えもしなかったようですね、雪也君。ですから殺人の方は簡単です。四階をフロアごと上昇させ、その後で地下まで落下させて、また元の位置へと上昇させれば五十メートルの上空から落ちた転落死体が四階にある事になります」  あまりに無茶な構造に雪也は声を失うが、凪雲は自説の披露をやめようとしない。 「元々、ここは大戦中、航空機開発のために用意された軍用施設の建造物で、地下階には格納庫と滑走路が併設されていました。地上階はエンジン開発のための研究施設や生活空間として使用されており、この建物の存在自体が軍事機密に相当したのです。加えて作戦立案や兵器の開発もされていたため、機密書類には事欠きませんでした。そこで当時のイギリス空軍の研究者たちの誰か、もしかすると責任者あたりが敵襲に備えて、施設そのものにエンジンを搭載して別の場所に移動させる事を目論んだのです。特に重要書類が置かれていたと思われる最上階である四階。ここにある機密を守るための策として、この建物の四階部分は、翼のない航空機となりました。いわば至高の飛行機として、四階が空気抵抗の少ない形を追求した航空機となったのです」
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