第1章

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「エンジンの構造自体は古いものですが、中のガソリンを新しくさえすれば、現在でも使用に耐えうるということでした。約百年前の、第一次世界大戦後、ヨーロッパの列強諸国は、ベルサイユ条約によりドイツの軍備を制限することを決め、世界は軍縮の方向へ向かいました。だが、その後のナチスの台頭により再び、ヨーロッパ各国は空軍の強化をめざすことになります。英国も例に漏れず、相次いでアメリカ機を輸入したり、航空機の開発に血道をあげたり……。競合している他国に遅れを取るまいと躍起になっていた。そんな背景の中、この英領であるインドにも航空機の研究開発施設が作られたのです。その一部の跡地が、現在のキプリング邸なのです。ちなみにキプリング氏は父親から、そういった自宅の秘話を詳しく聞かされていたようですよ」  雪也は地下室で見た三機の航空機を思い出した。 「ここで言うエンジンは、ガソリンを燃料とするレシプロエンジンであり、同時にシリンダーの配列が縦型になっている液冷エンジンです。これは空気抵抗が少なくスピードを出すのに長じていたそうです。これらのエンジンを搭載した当時の航空機を、僕はこの屋敷の周辺で発見したわけですが」  サラは狐につままれたような顔でシヴァの髪を撫でている。無理もない。雪也もまだ解せない。 「ついでに言うと、キプリング氏の死亡推定時刻である十二時前後に、ここにいる皆さんの中で、明らかにアリバイが無い時間が存在するのは三名です。まずパールヴァティーさんです」  この指摘には、すかさず雪也が反論した。そんな筈がない。 「おい凪雲。何を言ってるんだ、パールヴァティーさんは舞台で踊っていただろうが。主演のラーダー役を」  雪也が言うまでもなく兄妹たちが口々に反論を始める。 「凪雲さん、面白い仮説ですけどパールヴァティーのラーダー役はソロ舞踊も多く、殆ど出ずっぱりといってもいいくらいでしたわ。休憩時間はわずか十五分でしたし。その間に、この子が帰宅して、そのエンジンとやらの仕掛けを使ったとでも言うつもりですか?」  カリが眦を上げて指摘する。これには雪也も同感である。 「いいえ。正確には十二時十五分から、打ち上げで顔を見せるまでの一時間以上に渡って、パールヴァティーさんはアリバイがありません」  雪也が驚いて口を開こうとする寸前に、凪雲が続ける。
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