第1章

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「この期に及んで勿体ぶるなよ」  もしかすると有名な作品のように、一家全員が犯人なのだろうかという疑念が雪也の脳裏を過る。だとすると、やりきれない。ちなみに、雪也自身は神に誓って殺人犯人ではない。 「もしかして、複数の犯人が協力し合ってるのか?」  凪雲は淡白に否定した。 「基本的には犯人は一人です」 「だから、それは?」 「つまり推測ですが、パールヴァティーさんはどこかの時点で、犯人が父親のキプリング氏を殺害しようとしているのを察したんです。何を見てそう思ったのかは不明ですが、もしかすると、四台ものライトが置かれた舞台上にいた彼女は、ふとキプリング邸の方角を見て、四階部分が上昇しているのを見てしまったのかもしれません。あるいは空中に浮遊しているのを」  この時になって、凪雲が初めて痛ましげに顔をしかめた。 「休憩が始まった頃、落下音とおぼしき地響きがありました。十五分休憩の時間にそれを聞き、パールヴァティーさんは自宅の異変を察して、舞台を放り出して大急ぎで帰宅する事にします。それで困ったのは、もちろん寸劇をしていたスタッフや役者たちです。カリさんは休憩時間に舞台袖に行き、直前にパールヴァティーさんが姿を消した事を聞かされます。そこで後半だけ代役をすることを提案しました。というより他の役者から頼まれたのかもしれませんが」  雪也は、兄妹たちの方を見ないで頷く。そして続きを促した。 「ただカリさんは、今日はシヴァさんの世話を仰せつかっていたので、そちらにも代役を立てなければなりませんでした。そんな時、露店を見ているひときわ目立つ弟を見つけたのです。そこで、子守の為にシヴァさんお気に入りの象頭の被り物をクリシュナさんにさせて、自分の換わりに末の妹の面倒を見るように頼んだのです」 「ははあ」  凪雲は見てきたように述べ立てる。雪也が呟くと、凪雲はキプリング一家の面々に視線を巡らせた。  シヴァは日頃からクリシュナを毛嫌いしているらしいので、あの象頭をクリシュナに被せて子守の役目をまっとうさせたわけなのか。雪也は昼間の記憶を辿り、果たして、あのガネーシャがクリシュナでありえたのかどうかを検討する。
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