第1章

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「ちなみに、この家ではインドラという小型犬を飼っていますが、シヴァさんが前々日に音楽堂に預けたそうです。家出中のシヴァさんが寂しくなって犬だけ取りに帰ったんですね。最初は、四階や地下で見つけた動物の毛は、その犬のものかと思ったんですが、犬は四階には昇らないように躾けられていたそうです」  凪雲は思案げに顎に片手を当てる。パールヴァティーはシヴァの家出については聞き及んでいたものの、愛犬を連れていった事は知らなかったらしい。それでインドラを探していたようだ。 「結論を言うと、このキプリング邸の中で小型犬インドラのものとは別に、違う動物の毛が見つかりました。そちらの方が重要なのです」  傾斜した壁から離れた雪也が、話を先へ促す。 「それは?」  凪雲は咳払いを零した。それから一気に告げる。 「その前に、確認しておきましょう。今日の午前十時過ぎにキプリング氏が帰宅した後、犯人は氏に、絶対に四階に居続けて貰わなければなりませんでした。一階のダイニングなどに居られては、四階の床についたエンジンが使えませんから。そこで犯人は、氏が着替えのために四階の自室に戻った時に、下階に降りてこないような細工を幾つか施したのです」 「どんな細工だ」  結論が待ちきれず、雪也の目が鋭さを帯びる。 「まあ待ちなさい。キプリング氏は帰宅するとすぐ、簡単なお茶や食事を用意させて、四階の自室で着替えてくつろぐのが習慣だったそうです。そうなると、一旦は四階に上がりますよね。そこで犯人は、氏が四階から階下に降りないように仕向けることを考えます。さっき言った理由により、そうするべき必要がありました」 「下の階に降りないように……。だからどうやって?」  凪雲は一家の全員を、端から順に見回している。 「犯人の細工は、まず台所にあった汲み置きの井戸水を隠すことでした」  井戸水がどう関連するのか解らず、雪也が怪訝そうに眉根を寄せる。 「検死官の方から得た情報ですが、キプリング氏は亡くなる直前、睡眠薬の入った料理とチャイを口にしていたそうです。そこに注目しました」 「それじゃサラさんが?」  雪也は声を上げてしまう。この邸宅内で料理や飲み物を用意するのは、常にサラである。思わず顔色を変える雪也に、凪雲は頭を振った。 「いいえ。違います」  ではサラは犯人から除外されているということなのだろうか。雪也は再び首を傾げてしまう。
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