第1章

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 そして約十五分後。現地時刻で午後二時を過ぎた頃に、日本からおよそ八時間の飛行時間をかけて雪也と凪雲はコルカタに到着した。  二人はネータージー・スバース・チャンドラ・ボース国際空港に降り立ち、厳重な荷物検査を経て漸くインドに入国することができた。イスラム過激派組織のテロ行為への警戒により検査には思いのほか時間を取られたが、特に訝しい点はなかったらしい。別室からは、衣服の膨らみの中まで点検されたらしい女性の憤慨する声が聞こえてきた。  すでに太陽は中天に差し掛かろうとしていた。雲間を縫うようにして降りる陽光が、窓から国際線ターミナルに差し込んでいる。  着いて早々に雪也が空腹を訴えたので、二人は空港内で、香辛料のたっぷり効いたタンドリーチキンを買うことにした。機内食を食べてから既に四時間が経過している。空港を歩いているうちに雪也の腹の虫が鳴りだしたのだ。  空港の外に出た途端、肌寒い風に煽られた。日本より気温が高いとはいえ真冬である。路上には冷たい風が吹き荒れていた。どうやら上着を着込んできて正解だったようだ。  二人は、空港脇にある展望台に昇ることにした。  この展望台からは、路面電車の線路が縦横無尽に敷かれたコルカタ市内が一望できるのである。俯瞰で見るコルカタは平面的な街だった。建造物の多くは褐色の土が剥き出しで、その素朴さが却って美しい。視線を巡らせるとゴシック式建築のセントポール寺院や、白亜のヴィクトリア記念堂がことさらに目を引く。このヴィクトリア記念堂が建てられた西暦一九○五年当時は、英国のヴィクトリア女王がインド皇帝を兼任していたそうだ。記念堂は英領インド時代の象徴のようでもある。  川沿いに続く色褪せた平原と、歴史的建造物の織り成すコントラストは、まるで巨大な絨毯のようだった。  雪也が郊外に視線を向けると、途切れた路面を囲んで牧草が生い茂っていた。その上を、白い野良牛がゆっくり闊歩していく。牛の横を、破れかけた襤褸布を身に纏った修行者たちが行き交う。やがて修行者たちは雑踏にまぎれてしまう。
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