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ここは牧歌的というより、活気に満ち溢れた国という印象だ。人々が歩くだけでも、まるでエネルギーの奔流だった。雪也は圧倒されてしまい、どこか所在なげな顔になる。コルカタの都市部の雑踏には、日本の清潔な生活とは異なる謎めいた混沌があった。生業にあくせくしながら上を目指すのが、まるで馬鹿げた事のように思えてくるほど壮大な光景が、眼前に広がっていた。
痩せた野良牛が草を食む。その姿を展望台から眺めながら、雪也は口火を切った。
「大体さあ。話が胡散臭いにもほどがあるよな。返却したいから直接インドの自宅まで取りに来いって、そんな面倒な話があるかよ。どうせならダイヤモンドを郵送してくれればいいのに」
「それは短慮というものですよ、雪也君。もし郵送中に盗難にでも遭ったらどうするんです」
凪雲は相変わらず口が減らない男だった。彼は今回、雪也にとっては依頼人なので邪険にできないのが忌々しい。どうやら終始、この調子で旅を続けなければならないようである。
図らずも現代の名探偵こと凪雲紘一郎の助手を勤めることになったものの、この男の同行者をつとめるのは楽じゃない。雪也はそのことを良く知っていた。なにせ相手は奇人変人の類である。
それから小さめのボストンバッグを抱えた凪雲と、バックパックを背負った雪也は、展望台を降りてプリペイドタクシーの乗り場へ向かった。アラビアンナイトに出てくる盗賊のような髭面の運転手に聞くと、コルカタ市内にあるサダルストリートまで280ルピーかかるという。二人はターバンを巻いた運転手と交渉した末、タクシーに乗り込むことにした。最終的に乗車賃は100ルピーまで値切った。
車内は思いのほか清潔で快適だった。開け放たれた車窓から入る新鮮な空気を吸い込み、雪也は感嘆の声を上げる。いざ到着してみると、興奮を抑えきれなくなってきた。
「カルカッタ……いや、コルカタはずいぶん大都会なんだなあ」
思わず旧名で都市の名前を呼んでしまいそうになる。
「ええ。コルカタは、インドで第七番目の都市です。西ベンガル州の州都であり、十七世紀に英国の東インド会社が置かれた事でも知られていますね。インドの中でも早々に英国の支配下に置かれ、西欧文化をいち早く取り入れた地域と言われています」
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