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文化祭恒例の演劇部による『ロミオとジュリエット』が始まった。 ただの「伝統」というだけで、変わり映えしない公演で、 例年、OBと部員の家族やお義理の友人くらいしか観に来ない。 だが、今年に限っては様相が違った。 学内の生徒はおろか、校外からの来場者も講堂につめかけた。 と、いうのも、今年のジュリエットが高見香苗だったからだ。 香苗は、男子生徒どころか女子生徒からも憧れの対象で、 裏では隠し撮りのブロマイドがかなりの高値で取引されている。 噂では、大手芸能プロダクションからのスカウトもあったという。 だが、香苗の存在感は、そうした容姿のせいだけでもなかった。 父親が、地元では有名なセメント会社の経営者で、 政権与党の大物議員とも縁故のある、いわば、 この辺りの有力者であることも、 彼女の威光をいやが上にも増していた。 演劇部は、今年、その彼女に猛アタックをかけて、 ついに出演をとりつけたのである。 演劇に興味のない彼女は、 初めは体よく断っていたものの、 最後は泣き落としに近い真似をされて、 とうとう引き受けるしかなかった。 ところが、もとより聡明な香苗であるから、 セリフも演技もすぐに覚え、 演劇部部員も舌を巻くほどの、 見事なジュリエットができあがった。 演出で部長の戸山晃子は、 文化祭が近づくと、OBのいる地元FM局を使ってまで、 公演の宣伝をした。 おかげで噂は校外にも広がって、 ご覧のとおり、文化祭始まって以来の大盛況となったのだ。 だから、終幕、 ジュリエットが死んだと思い違いしたロミオが、 早計にも毒をあおいだ後、 ジュリエットが目を覚まし、嘆きの果てに、 短剣で自らの胸を突き刺した時の苦悶の表情も、 観客は、それを迫真の演技だと素直に驚嘆した。 そして、微細な痙攣と目の充血の生々しさに、 少々奇異な印象を抱きつつも、 ついに、口からどっと血を吐き、舞台の上に倒れ込んだ時ですら、 客はまだ演出だと思って、ただただ魅入っていた。 ところが、舞台袖から部員や顧問らが駆け出してきて、 香苗の体を抱き起すと、誰かが、 「誰か、救急車! 救急車!」 と、叫んだので、初めて場内が騒然となった。
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