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救急隊も驚くほど見事に心臓を貫いていて、 病院に着いた時は、もう手遅れだった。 後に、鞄の中から遺書が出てきて、 結局、自殺に片付いた。 遺書の中身は、むろん遺族と警察以外には知らされなかったが、 こういうことは常に抜け道があるわけで、 事件の翌日には、遺書の中身は生徒たちの間に広まった。 そこには、名前は明かしてないが、とある男の子どもを身籠り、 それを苦に自殺を思い立った旨が、 彼女らしい妙に理知的な文章でしたためられていた。 その後、司法解剖でも妊娠二月と確かめられたということが、 俺たちにも伝わって、学内は相手の男の談義で色めきたった。 だが、不思議にも香苗に男がいたという話を聞いた者は一人もない。 ごく仲の良い友達でさえ、彼女を未通と思い込んでいた。 両親が、スマートフォンやパソコンを調べてみたが、 友達以上のやりとりを思わせる男友達は見当たらなかった。 しかし、それは、ある意味当たり前で、 香苗は自分の存在意義を悟っていたから、 他の女生徒たちのように、 みだりに男性経験を公にはできなかったのだ。 彼女は、いつか家の富と権力の安定と増進のため、 しかるべき相手に贈られる高価な贈答品だったわけで、 下手な瑕はつけられないのである。 とはいえ、香苗も生身の年頃だから、 密かに遊ぶ方法は、いくらでも知恵が沸いた。 ただし、彼女の用心深さは滑稽とも言えるくらいで、 逢う時は、俺にも変装させ、 顔見知りがいそうな所には絶対行かなかった。 もっとも、こちらも下手に名前がバレると、 親父は、香苗の親の会社の丸々下請けだから、 従う他はなかったのだ。 だが、誤解しないでもらいたい。 お腹の子はけっして俺の子ではない。 俺たちは半年前に別れていた。 お腹の子が二月なら、俺の後に交際していた奴がいたのだ。 おそらく、数学の田村だ。 ネットで調べて気が付いたのだが、 あいつは昔<西直哉>というペンネームで、 安直なミステリ小説を書いていた。 そして、図書室の図書カードを密かに調べると、 この所、香苗は<西直哉>の本を立て続けに借りていた。 それで、俺はずっと田村をマークしていた。
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