レイラ

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 八見(やみ)レイラとの距離が縮まったきっかけは、些細なことだった。  レイラは新入社員のなかでもとりわけて美しく、入社式のときから既に目をつけていた男もいたくらいだ。男連中が浮き足立つなか、俺が冷静でいられたのは左手薬指に燦々と輝く指輪が、心まで縛り上げていたせいだろう。家に帰って、今日会社に美人な女の子が入って来たのだよ、などとほろ酔いで報告すれば俺はたちまちのうちに荼毘にふされる運命にある。  レイラはボブがよく似合う女だ。くりくりとした大きな目に、白い頬に少々派手過ぎるチークの乗っかり具合が子供っぽくて、俺と同じように涙を飲んだ妻子持ちの上司からも可愛がられていた。レイラの凄いところは、同性からも好かれていたことだろう。だろう、と言うのは俺には女子の暗部がわからないので、傍目に見た上での感想である。 「君はハーフなの?」  覚えたてのコピー機を嬉しそうに使うレイラに、たまたま順番待ちをしていたときに訊ねた。レイラは笑って首を振って、「変わった名前で苦労しました」と言った。 「そうなんだ。可愛いと思うけどね」 「本当ですか!」  その時の激烈な喜びっぷりに俺はなんの他意もなく、うんと言って、終わった。めでたし、めでたし。  となればどんなに良かっただろう。お互いを印象づける出来事は、数ヶ月後に起こった。  レイラはとても急いでいた。一日の疲れから、階段をぼうっと降りる俺の横を通り過ぎて、一段飛ばしで駆け下りていく。危うくはねられそうになって、俺の方が隅に避けたというのに彼女はそれにも気づかなかった。
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