レイラ

3/10
249人が本棚に入れています
本棚に追加
/282ページ
 大理石タイルを全体重かけてヒールで踏みしだくものだから、音の大きさは推して知るべし。そのうるささにややムッとしたのもあり、危ないと思いつつ俺はわざと見過ごした。いつか転ぶぞ、と予測を立てて彼女の足取りを後ろから睨む。 「ああっ」  案の定転んだ。ヒールがぽっきり折れて、両手を万歳の形にし、彼女はゆっくりと階段を落ちていった。壊れた靴だけが階段に取り残され、レイラの身体が床に落ち、人が集まってくるまで、俺にはスローモーションに見えていた。 「君!」 「大丈夫か!」  レイラの周りに人だかりができる。今更白々しく輪に入ることもできず、俺はゆっくり階段を降りて、彼女の靴を拾った。クリーム色にリボンのついた彼女らしいデザインだったが、擦った跡と、折れたヒール部分が痛々しい。 「うう……」  レイラはすぐに起きあがった。驚いたことに、彼女は助けに集まってくれた人々に申し訳程度の愛想笑いを一回振りまいただけで、再びダッシュをかけたのである。前に立つ人を押しのけるようにして会社を飛び出していった。 「なんだありゃ」  予想外の態度の悪さにしらけて、皆すぐに解散してしまった。俺は、彼女に返せると思っていた靴を持って呆然と立つ。どうしよう、どうすればいい。どうして片足だけ裸足で走ろうと思うのだろう。急ぐならなおさら靴履こうよ。そう思って彼女が戻ってくることを期待したが、レイラが戻ってくる気配はなかった。  レイラの靴を、持っていたコンビニのビニール袋に入れて、家に持ち帰ることにした。途中どこかで始末しても良かったけれど、もし拾った姿を誰かに見られていて、靴はどうしました? など聞かれたら大変である。
/282ページ

最初のコメントを投稿しよう!