レイラ

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 もし子どもがいれば、晴れでもない雨でもない、曇天のような生活は変わるのだろうか。俺たちはまだ29歳と、年齢にいま少し余裕があるせいか不妊治療系の話題に突入したことはない。果たして、かすがいになってくれるだろうか。  おそらく愛は子どもを可愛がって、俺も子どもを可愛がって、二人の距離は著しく離れていくだろう。なにかを埋めるように子どもに集中するあまり、ますますぞんざいになる予感がする。  それならそれでもいいやと思う。可愛い子どもがいてくれたら晩飯に文句をつける夫はいらないだろうし、俺とて気分で愛想をわける妻より、常に笑顔でお帰りと言ってくれる子どもの方がいい。要するにお互いに可愛げというものがないのだ、俺たちは。 「愛」  真正面にいながら俺には目もくれず、もくもくと野菜炒めをかきこみながらテレビを眺めていた愛の目玉が、ぎょろりと俺に向いた。  俺は、ぎこちなく笑って両手を広げてみせた。 「今日も、綺麗、だね?」 「きっしょ」  二度と言うものかと思った。           ○  昨日の愛が俺に興味がなかったことと、野菜炒め事件が重なったせいで、今朝の愛は引き続き無関心を貫いた。お陰で、彼女に悟られることなく八見レイラの靴を仕事用の鞄に忍ばせ、家を出ることに成功した。 「すいませんね通りますよ」  今日も狭い通路を塞いで罵りあう住人をかき分ける。
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