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「──いや、君、昨日階段で転んだだろ? そのときに靴を落としたじゃないか」
「えー! 麻生さん見てたんですか!」
「んなこたどうだっていいんだよ。とにかく君が落としたことに間違いはないんだから受け取れ」
差し出したビニール袋からレイラは一歩遠ざかる。なぜか困惑した顔で中の物を透かすように凝視した。
「私のかなあ……」
「……なに言ってるんだ?」
「私、足が小さいから靴は全部オーダーメイドなんです。それ、ちょっと大きく見えるなあ……と、思って」
そんなどぎまぎしながら言うことじゃないだろうと思い、俺はその場で中身を取り出した。昨日と少しも変わらないクリーム色、折れたかかと。
「サイズがどうこうじゃなくってさ、会社で靴を落とすってそうそうないと思うんだよ。で、昨日君が階段で転んで怪我をしたのも事実なんだからこれは君の。そうは思わないか?」
「私、靴を落としたかどうか覚えがないんです。気がついたらなくって。だから落とした場所は会社ではないかもしれません」
話の通じなさに恐怖した。そのうろ覚えに代わって俺がきちんと見たと証言しているのに。だとすると、俺は彼女の物ではない靴を後生大事に袋に入れて一晩我が家で寝かせたということになる。決していい匂いではないゴミを妻の目を盗んで──
「……じゃあさ、履いてみたらいいじゃん……」
きょとんとしている可愛い顔にすら苛立ちを覚えながらしゃがみこむ。これでサイズが合わなかったら折れてやってもいい。ただしこの女にはもう関わらない。
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