さようならは言わないで

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司さんはもともと医者だし、美沙緒さんは現役の医者だ。 不思議そうに眉をひそめて一哉くんのベッドに歩み寄っていった。 「一哉、何をしているの、早く起きなさい」 美沙緒さんの声が切なく響いた。 「涼さん、一哉に、根気強く話しかけてね」 「はい」 呼吸器に繋がれている一哉くんは、まるで今にも儚くなってしまいそうなほどに存在感が透明に見えた。 「司さん、バンドの方は大丈夫ですか?」 「ええ、一哉が戻ってきた時のために、歌録り以外のパートを進めています。でもさすがにここ2、3日は皆暗くて」 「もう目覚めてくれてもいいのに」 私がふてくされたように言うと、司さんはかすかに笑った。 「後でエド達がここに寄ると言っていましたよ」 「分かりました。まったく、一哉くんてばいつまで寝てれば気がすむんだろ」 誰もが成功の言葉を聞いた時、すぐに目覚めると思っていた。 輸血手術も成功したし、心音も正常だ。 なのに、目覚めない。 これが一ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と続いたら、と一瞬不吉なことがよぎって、私は打ち消した。 大丈夫、一哉くんは必ず目覚める。 だって、ずっと一哉くんは辛い想いをしてきたもの。 今度こそ本当に幸せな、どんな後ろめたさもどんな罪深さも感じないで、純粋に私に愛されていける時間があるもの。 病室の中には、ずっと殲滅ロザリオの一哉くんの歌声がリピートされている。 「皆、かえってくるの、待ってるよ…」 私は司さん、美沙緒さんとともに見守りながら、一哉くんの頬をそっと撫ぜた。
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