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2度目のプロポーズ
「りょーうー」
「もう、一哉くん、飲み過ぎ」
「あーあー、なんちゅう醜態だよ、トーイ」
グロッキーとまではいかないまでも、かなりハイペースで飲んだ一哉くんが、ソファに座る私の腰に抱きついたまま離れない。
スタジオのラウンジで身内だけのささやかな送別会を開いてもらった。
バンドメンバーに坂崎さんや丹野さん、そしてエドにサオリさんというごくごく少数のコアな集まりだ。
宴もたけなわ、エドとサオリさんが帰ったとたん、張りつめていたのか、一哉くんが急に元気をなくしたかのようにしてふらふらと私に寄ってきて、そのまま倒れ込むように抱きついてきたのだ。
「仕方ないな、車回してくるので、涼さん一哉をたのみます」
「一哉くん、もう帰るよ?」
軽く一哉くんを揺さぶると、うとうとしかけていた一哉くんがきゅうっと私のひざの間に顔をうずめるようにして回す腕を強めた。
「りょう…」
「一哉くん、大丈夫? 気分悪い?」
心配して声をかけると、一哉くんがかすかに頭を振った。
「…明日帰国なんて…はえーっつーの…」
ぽつりと呟かれた言葉にハッとする。
そして急に一哉くんがすごく愛おしくなって、一哉くんの髪を少しかきわけて頬に軽くキスした。
「でもほら、日本に帰国する時だってあるでしょう? 私、一哉くんの部屋で待ってるから」
「…うん」
小さく頷いた一哉くんの髪を優しく梳いていると、司さんが戻ってくる。
「一哉、立てるか?」
司さんの言葉に、一哉くんがゆっくり私から離れる。
その足元はふらふらしている。
慌ててその肩を支えるようにすると、一哉くんは私に全身を預けるようにする。
むしろ抱きついてきているような体勢に、私は思わず司さんに助けを求めるように見た。
「い、一哉くん。しっかり」
「一哉、涼さん辛そうだぞ」
司さんは、呆れた表情で一哉くんを引き取り、エントランスに横付けした車に連れて行く。
乗り込むと、一哉くんは私の隣で窓の外を流れる景色を眺めている。
一言も発せず、ただ静かに過ぎていくくすんだ色のビル群と雑多な車と人の群れを見つめている。
何を考えているのかは窺い知れない。
それでも私の手を放さないかのようにしっかり握りしめている。
そこから伝わる高い温度は確実なものだった。
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