新しい仕事と不穏な気配

48/49
569人が本棚に入れています
本棚に追加
/230ページ
「そうか」 沈黙が降りた。 坂崎さんが何かを言いあぐねていることが分かって、私はにこりと笑った。 「昨日は無様なところ見せてしまいました。もう27歳にもなって何をあんなに動揺してるんだかって、家帰ってからちょっと情けなくなりました。事実でもそうじゃなくても、一哉くんは、音楽一筋にやっていくのが今は大事ですから」 言葉が上滑りしているのが分かっていても、私はそう言わなくてはならなかった。 「アンジェは、一流アーティストです。彼女、デビュー仕立てなのにトップを走ってる。同世代にそういう相手がいたら、一哉くんにはいい刺激です。いろんな影響を受けて、それでもっと殲滅ロザリオがよくなれば、それはそれですごくいいことです」 一息にそう言うと、呆気にとられていたらしい坂崎さんは、軽く頭をかいた。 「涼さんがそう言うならいいけれど、いちおう事実確認しておいたんだ」 「はい」 「トーイとアンジェが一緒に出かけたりしたというのは事実だ。でもトーイは熱愛ではないとはっきり言っている。それは当然そうだろう、君がいるんだから。でもアンジェに音楽のことで相談し合っていて、それの流れで友人として遊びにいっただけだということだ」 「はい」 「大丈夫か?」 「大丈夫です。音楽のことは、同業者が一番力になりますから」 そう言っている自分が自分じゃないみたいだった。 「分かった。とりあえず、このネタは内々にもみ消している。涼さんは分かっていると思うけど、他言無用だ」 「はい」 安心してもらうよう、大きく頷く。 と同時に、向こうから廣瀬さんが歩いてくるのが見えた。
/230ページ

最初のコメントを投稿しよう!