大きくなっていく亀裂

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その後は、自分でどうやって仕事をこなしたのか記憶になかった。 それでも三科さんには何も言われていないことを思い起こせば、普段通り仕事をできていたのだと思う。 アンジェはその後、すぐにヘアメイクに入り、民放各局のワイドショーなどで歌い、雑誌の取材を受けた。 UKチャート5週連続一位、USチャート3週連続一位の歌姫と紹介され、スタジオで生歌を披露し、終始褒めちぎられていたアンジェは、仕事を終えるとすぐにトンボ帰りしていった。 それを見送るまでできたのだから、今は誰かに私をほめてほしいとさえ思った。 その日の帰りは、部屋に帰りたくなくて、手近なバーをはしごした。 「まるで一哉くんに出会った時みたいー」 ドロドロに酔っていた。 おかげでバーに傘を忘れてきてしまった。 降りしきる雨の中、どんどん濡れていく私を、周りはよけて歩いていく。 少しくらい傘を貸してくれればいいのに、なんて思いながら、私は渋谷のマンションの前まできて立ち尽くした。 目の前にそびえる高級マンション。 私と一哉くんが過ごした広いけど本当に2人分のぬくもりが柔らかな部屋。 真っ白だからこそ2人の聖域だった部屋。 そこに帰ると思うとげんなりした。 雨はまるで私の気分を表すかのような重い空から絶えず大粒を落としてくる。 それを見上げたまま私はひっそりと泣いていることに今さら気づいた。 「バカな私…」 夢を見ていたとは思いたくない。そう思うほど、一哉くんへの思いは浅くない。 でもどうしたらいいのか分からなかった。 一哉くんと夜を過ごしたと聞いたその瞬間から、何かが崩れてしまった。 あの部屋で? あの幾度も愛を囁き、言葉を刻んだあの部屋で、アンジェを抱いたの? そう聞きたい気持ちに蓋をして、酔いが回るに任せる。
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