さようならは言わないで

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白いカーテンが風に揺れている。 私は水をかえた花の入った花瓶をサイドテーブルに置いて、窓を静かに閉めた。 室内には、殲滅ロザリオのライブ録音の曲が静かに流れている。 真っ白なベッドには、一哉くんが横たわっている。 ベッドサイドの生体情報をうつしたモニターには、心電図や脈のグラフが規則正しく波打っている。人工呼吸器をつけた一哉くんは静かに眠っている。 一哉くんは、あれから失血死寸前で緊急輸血をした。 それでも意識不明のまま、昏睡状態に陥っている。 そのまま一週間が過ぎていた。 私はベッドの脇に座ると、途中だったすかし網のベストを編み始めた。 処置を受けた私に待っていたのは、妊娠の告知だった。 ライブ途中で気持ちが悪いと思ったのは、つわりだったのだ。 「ねえ、一哉くん。子どもはどっちがいいと思う? 男の子? 女の子? 私はね、女の子がいいな。男の子だと、一哉くんと子ども2人面倒みなきゃならないじゃない? 怒らないでね、でも旦那様は一哉くんだけだから」 毎日の日課であるおしゃべりを、一哉くん相手にしていた。 でも、一哉くんは目覚めない。 モニターの規則正しい音に包まれながら、私は静かに一哉くんを見つめ、ベストを置くとその手を握りしめた。 何度も握りしめた。 目覚めたら、とても素敵な報告ができるのに。 長谷進一郎の働きのおかげで、唐沢杏奈の犯罪の数々が立証され、暴行、猥褻、恐喝、拉致監禁など数多の犯罪で再逮捕された。 そして、私のお腹には新しい命が宿ってる。 その時、病室のドアがノックされた。 「はい」 「入るわね」 司さんと、司さんの母であり、一哉くんの育ての母である美沙緒さんだった。 「一哉、どうですか?」 「変わらないです。でも大丈夫ですよ、そのうち目覚めますから」 そうは言ったものの、事実に、司さんと美沙緒さんがかすかに落胆の色を見せた。 「何が原因なのかしら」
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