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佳也くんと光流くんを自宅マンションまで送り届け、表参道から一番遠い世田谷へと車を走らせる。
助手席で廣瀬さんは黙ったままだった。
佳也くんたちがいた時は、真剣に次のライブへの打ち合わせを車内でしていたものの、2人が次々に下北沢や三宿で降りると、ぱたっとその賑やかさもなくなってしまった。
廣瀬さんは、ただ窓から流れる景色を眺めているようだった。
ただ今はそれがありがたかった。
そして、今は運転に集中することが先決だった。
正直、殲滅ロザリオのときは、いつも司さんが運転していた。
都心にいるとほぼ運転することはない。
だからあまり得意とはいえないのだ。
真剣にハンドルを握っていると、ふと廣瀬さんが窓から私の方を向いた。
「涼さん、悪いけど運転代わらせて」
「えっ」
「下手すぎて、車酔いしそう…」
廣瀬さんにそう言われて、愕然とする。
あまり得意ではなかったものの、担当のアーティストからそう言われるとなると、さすがに二の句が継げなかった。
途中で運転を代わった廣瀬さんは、ようやくホッとしたように片手でハンドルを操りながら運転している。
これではどちらが送られているのか分からない。
さっきの件といい、情けなさにうなだれていると、廣瀬さんはぽつりと呟いた。
「トーイのヤツ、あれ、本当なの?」
「え?」
「アンジェって、欧米じゃ今すごい勢いで伸びてる女性シンガーでしょ。出す曲、軒並みトップをとってるし」
「あ、ああ…そう、みたいですね」
「このままでいいの?」
「え?」
「盗られるよ」
淡々とした口調だった。
廣瀬さんは感情もこめずに、事実を述べているかのようだった。
それが逆にそれまで封印していた何かを揺るがす。
「盗られるって…信じてるもの」
アメリカに帰る前に、あれだけ身も心もお互いに繋げ合った時間を、信じたかった。
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