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結局渋谷のマンションに着いたのは、だいぶ遅い時刻だった。
廣瀬さんを世田谷のマンションに見送り、渋谷まで戻ってきたのに、どこをどう走ってきたのか、自分でもうろ覚えだった。
いつもの白っぽい印象の部屋に戻り、洗面所へ急ぐ。
顔を鏡に写すと、ひどい顔をしている。
目は少し腫れぼったく、涙の跡すら残っている。
メイク落としついでにばしゃばしゃと顔を執拗に洗い落とす。
こんなあられもない姿だから、キスまでされたのだ。
そう思うと悔しいやら哀しいやら自分でもよく分からない感情に翻弄されて、また涙がこぼれそうになってくる。
痛いところばかり責められて、どう反論すればよかっただろう。
自分でも分かっていた。
私は一哉くんの力にはなれるかもしれない。
でもトーイの力にはなれない。
トーイの支えにはなれないのだ。
「ふ…う…っ」
あとからあとから涙がこぼれる。
もう一度水で顔を洗い流す。
どうしたらトーイの力になれるのか、必死で坂崎さん達の元で仕事をしてきた。
それはそれでやりがいもあるし、仕事そのものが面白いと思い始めてきている。
でも、アンジェに私はなれない。
アンジェの曲はすでにニューヨークに居た頃聞いていた。
快活で深い感情を歌い上げるその魅力は、充分に知っていた。
アンジェのような天才にはかなわない。
そう思ったら、泣けてきて、私は初めて泣き声をあげた。
それがみっともないと分かっているから、腕で口元を抑えるけど、嗚咽がとまらない。
その時だった。
誰かの来訪を告げる音がした。
慌てて、しゃっくりを抑えつつ、インターホンに近づく。
エントランスに写っていたのは、さっき送っていったはずの廣瀬カオルだった。
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