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突きつけられた壁の向こう
「トーイ、音程の揺れがよくない。これで4テイク目だぞ?」
エドの厳しい英語がヴォーカルブースに響いた。
それを受けて、一哉くんはヘッドフォンを外して、スタジオ用の高性能のマイクであるコンデンサマイクから離れる。
かすかに声を整えるようにしながら、ブースの中を少し歩く。
調子が悪いのか、いつもの声量と艶が陰っていた。
一哉くんは、しばらくブースの中で喉を潤したり、発声したり、ストレッチして身体を温めていたりした。
そしておもむろにポップガードのついたマイクに向かい、ヘッドフォンを装着してコントロールルームの方に頷く。
エドを始め、司さんたちも静かに見守る中で一哉くんが再びメロディにのせて歌い出す。
〈終われないんだ you know
違う距離 違う出会い 違う世界
どこまで〉
アルバムトラック4の曲のサビを途中まで歌って、一哉くんはそのままマイクから離れた。
調子が悪いのは明らかだった。
「ごめん、ノれねー…」
「なんか、トーイ、調子悪いんか?」
「いえ、特にそんな様子はなかったんですけど」
Hさんの心配そうな声に頭を振る。
今朝家を出てくる時も、そういう感じはなかったはずだ。
「もうこれ以上のリテイクは無理だ。声帯も限界だろう。休憩にするか? 今日はやめにするか?」
エドがマイクでヴォーカルブースの一哉くんに判断をゆだねる。
悩んでいるのか無言になった一哉くんに、コントロールルームにいる司さんがブースに入っていこうとした時、コントロールルームのドアがノックなしに開いた。
録音中を示す表示灯がついているのに、ノックなしで開いたドアに驚くように皆の視線がドアに向かう。
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