第1章

51/70
前へ
/1056ページ
次へ
ー6ー 席に戻ると、石田が声をかけてきた。 「あ、一哉。笹木ちゃんになにを言って来たの?」 「別になんでもねえよ」 ごまかすと、 「ふーん」 意味ありげな顔を向けられた。 「なんだよ」 ムッとして睨みつけたが、石田は気にせず、明るい調子で言う。 「ねえ。笹木ちゃん、いい子で良かったね」 「あ? まあ……、真面目だよな」 石田が麻衣子のどの部分を見て「いい子」と判断したかは知らないが、否定はしない。 仕事を覚えようと、一生懸命ノートをとる姿には感心させられた。 「一哉は笹木ちゃんが相手だと穏やかだし、課の雰囲気も良くなったよね」 山本に対する態度と比較しているのだろう。 速水が彼女を避けていたことは、会社の人間ならほとんどが知っている。 そのせいで、まわりに気を遣わせてしまっていたことも、自覚している。 でも、どうしようもなかった。 あの女───。 嘘つきで無神経なあの女と、同じ課で働くことが、苦痛だった。 だから、彼女が勝手に会社を辞めた時、腹も立ったが、同時に、安堵もしていた。 もうこれで、あの女と関わらなくていい。 そう思うだけで、心が楽になった。
/1056ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6661人が本棚に入れています
本棚に追加