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───言いたかった。
一緒にあの頃を振り返って、盛り上って。
でも、言えなかった。
想像だけがふくらみ、むなしくなった。
真司の深刻な顔が思い出される。
「はっきり聞いたわけじゃないけど、きっと麻衣子は、“いっちゃん”という男の子と、子どもの頃に遊んだことぐらいは覚えてると思う。
母が写真を残さなかったから、顔はぼんやりしてるだろうけど。
でも俺は、それでいいと思ってるんだ……今は。
もし、麻衣子が一哉のことを…… “いっちゃん”のことをはっきりと思い出したら、そしたら、『あの日』の記憶も、戻ってしまうかもしれないから……」
真司はそれを恐れているようだった。
13年前の、あの日。
麻衣子がつらい体験をした、あの日。
速水が彼女に会った、最後の日。
「あの時からずっと、苦しんできたんだ……麻衣子は」
真司の言葉が、月日と共に薄れていた速水の罪悪感を呼び戻す。
もし、麻衣子があの日のことを鮮明に思い出したら。
俺は………許してもらえるだろうか。
苦い記憶が、速水の口を閉ざした。
「巡回に行って、そのまま直帰します」
デスクの上を片づけて、速水は立ち上がった。
課長が「おう」と応じる。
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