第1章

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「速水くん、悪い子じゃないのよ。仕事もできるし、まわりに気遣いもできる人。 私、今までたくさん恋愛したし、いろんな子から相談されたりもして、男の人を見る目だけはあるの。 だから、その人の人柄も、言葉や仕草から、誰を想ってるのかもだいたいは分かるわ。 速水くんは、まだ山本さんのことが好きなのよ。でも、何か許せないことがあって、心を閉ざしてるんだと思う。好きな相手に冷たくせざるを得ないほど、彼も追い詰められていたのよ。 自分の気持ちに正直になれないなんて、本当にかわいそうな人よね」 いつの間にか、黒田の話に聞き入っていた。 恋愛経験が乏しい故に、かねてから経験豊富な人に尊敬の念を抱く傾向がある。そのせいか、彼らの話は説得力をもって麻衣子の耳に届くのだ。 ───そっか、速水さん、前任者さんのことが好きなんだ……。 「じゃあ、本当は今もお互いに想ってるんですね」 「ええ、そうだと思う。でも、想いが通じ合う前に、山本さんの心が折れちゃったのね」 なんという悲しい結末なのだろう。 山本が辞めてしまったことで、速水は自分を責め、苦しんでいるかもしれない。 「山本さん、それで辞めちゃったんですね……」 物憂げに言うと、黒田は 「そんなの、理由にはならないけどね」 と、急に厳しい口調になった。
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