第1章

66/70
前へ
/1056ページ
次へ
「許せないのは、山本さんの前の子が……あ、3課に石田くんいるでしょ、あの子の彼女なんだけどね」 「あ、はい」 あっさり解けた謎にホッとしつつ、耳を傾ける。 「高城(たかぎ)さんっていうんだけど、高城さんが退職するまでに一生懸命作った引き継ぎ書を、山本さん、辞める時に持ち帰っちゃったのよ。信じられる?」 信じられる? と訊かれたため「いいえ」と答えようとしたが、黒田はそれを待たずに先を続けた。 「パソコンに残ってるはずのデータも無かったんですって。ちょっとした復讐のつもりかしら。 でも、困るのは速水くんだけじゃないでしょ。誰かが引き継ぎにまわれば、その人の仕事を補う必要があるから、結局3課全体が迷惑するじゃない。だから彼、責任を感じてると思う」 「そうだったんですね……」 重い現実が、麻衣子の肩にどんとのしかかる。 山本のしたことは、人としてあるまじき行為だと思った。 石田も顔にこそ出さなかったが、恋人が懸命に作った引き継ぎ書を持ち去られ、心穏やかではないだろう。 黒田は椅子の背もたれに体を預け、足を組んだ。 「うちは事務が各課にひとりでしょ? 事務統括課を作るって話もあるけど、まだ先みたいだし。 今は資料もデータ化されて昔よりは楽になったけど、まだまだ各課のやり方もあるらしくてね。席も離れてるし、事務同士の引き継ぎは難しいから、こんなことがあると本当に困るのよ」
/1056ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6661人が本棚に入れています
本棚に追加