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「許せないのは、山本さんの前の子が……あ、3課に石田くんいるでしょ、あの子の彼女なんだけどね」
「あ、はい」
あっさり解けた謎にホッとしつつ、耳を傾ける。
「高城さんっていうんだけど、高城さんが退職するまでに一生懸命作った引き継ぎ書を、山本さん、辞める時に持ち帰っちゃったのよ。信じられる?」
信じられる? と訊かれたため「いいえ」と答えようとしたが、黒田はそれを待たずに先を続けた。
「パソコンに残ってるはずのデータも無かったんですって。ちょっとした復讐のつもりかしら。
でも、困るのは速水くんだけじゃないでしょ。誰かが引き継ぎにまわれば、その人の仕事を補う必要があるから、結局3課全体が迷惑するじゃない。だから彼、責任を感じてると思う」
「そうだったんですね……」
重い現実が、麻衣子の肩にどんとのしかかる。
山本のしたことは、人としてあるまじき行為だと思った。
石田も顔にこそ出さなかったが、恋人が懸命に作った引き継ぎ書を持ち去られ、心穏やかではないだろう。
黒田は椅子の背もたれに体を預け、足を組んだ。
「うちは事務が各課にひとりでしょ? 事務統括課を作るって話もあるけど、まだ先みたいだし。
今は資料もデータ化されて昔よりは楽になったけど、まだまだ各課のやり方もあるらしくてね。席も離れてるし、事務同士の引き継ぎは難しいから、こんなことがあると本当に困るのよ」
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