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「笹木さん、しっかりね。期待してるわよ」
耳に届いた声にハッとし、麻衣子は汗の滲んだ手でスーツのスカートを握りしめた。
「は、はい」
新人にお局様疑惑を抱かれた黒田は、まるでそれを否定するかのように、ニッコリと微笑んだ。
その時、通路の方から足音が聞こえてきた。
休憩室の出入口から、管理課の女性社員が顔を見せる。
「あっ、係長! 窪井課長が探してますよ」
「はーい、ありがとう。すぐに行くわ」
上司を呼びに来た社員は、麻衣子をチラリと見てから戻って行った。
「残念、もう行かなくちゃ」
黒田は椅子を引いて立ち上がった。麻衣子も慌ててそれに続く。
彼女はそのまま出口へ2、3歩足を進めたが、突然くるりと振り返った。
驚いて立ち止まると、眼鏡越しに鋭い眼光を投げられる。
息を止める部下の前で、赤い唇がゆっくりと動いた。
「私から聞いたってこと、黙っててね」
言葉もなく、麻衣子は頭をブン、と縦に振った。
それを見届けてから、黒田は前に向き直った。
「じゃあね、お疲れさま」
そう言い残し、早足で休憩室を出て行く。
───いろいろお話しいただいて、ありがとうございます。
最後に言おうと思っていた台詞は、口から出ることなく、唾と一緒に飲み込まれた。
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