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まるで自分の帰りを待ってくれていたような気がして、嬉しさから顔をほころばせる。
しかし、その隣に並ぶ青いスポーツタイプの自転車を目に入れた瞬間、麻衣子は表情を変えた。
今朝の記憶が、急速に呼び戻される。
それを押す、速水の姿を思い出した。
じわじわと再燃する不快感。
「そこ、俺の場所なんだけど」
と、険しい顔で初対面の相手に言い放つ、半端ない図々しさ。
「そこに停めると、仕事がうまくいくんだよ」
などと、それとなく「どけよ」と移動を迫る“ゲン担ぎ男”。
もしかしたら、オフィスには右足から入るとか、エレベーターを待つ時は左側に立つとか、いろいろやっているのかもしれない。
───ホントになんなの、あの人。
イライラしながら駐輪場を出たところで、麻衣子はふと目線を上げた。
街路灯に明かりがついている。
いつの間にか、日は完全に落ちていた。
駅周辺は明るいが、自宅近くはもう真っ暗になっているだろう。
暗い夜道を思い浮かべて心細さを感じた時、
「暗くならないうちに、気をつけて帰れよ」
また、速水の言葉を思い出した。
ところが今度は逆に、先程までの不快感がみるみるうちに後退していく。 すると、代わりにどっと疲れが押し寄せてきた。
「…………帰ろ」
ぽつりと声を落として自転車にまたがると、麻衣子は重い足でペダルを漕ぎ出した。
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