第1章

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山岳書店 kidd 店長が村の爺さんたちへ話をしに行った間に、ぼくの足元には子供たちが集まってきた。 「ほらちょっと待って、いま開けるから」 ぼくは担いできたコンテナを地面に下ろした。何しろ重い。子供たちは容赦なく群がってくるから、ぶつけないように気を使う。石ころだらけの山道をずっと担いで歩いてきたというのに、一息つく暇もない。 コンテナを開けると子供たちが小さな歓声を上げた。子供たちは押し合うようにして箱の中を覗き込み、どれを手に取ろうかと真剣な顔になっている。 「リコにいちゃん、これ見ていい?」 「いいけど、前のやつは読んだかい」 声をかけてきた子供はぼくの返事を待たず、コンテナから絵本を出して広げている。コンテナの中身は全て、本だ。 ぼくと店長は数か月に一度、こうして本の行商をしている。麓の店から本の箱を担いで、車が通れない道を歩いて登り、集落を回っては本を売る。 子供たちが本を広げて黙り始めたので、ぼくはコンテナの蓋を拾い上げて座った。 蓋にはソーラーパネルが取り付けてある。パネルから蓋の裏へと配線を通して、その先に繋がっているのは、ぼくのリーダー端末だ。充電は既に終わっていた。 晴天続きのこの季節、白茶けた岩だらけの山道。日中は眩しくて、目がどうにかなりそうな環境だ。ちょっとした端末なら、このソーラーパネルで何とかなる。 ぼくは山肌にへばりつくような段々畑の、そこだけ日差しを吸い込んだかのように濃い緑を遠くに見て、コンテナの蓋からリーダー端末を外した。手のひらほどのディスプレイパネルに蔵書が並ぶ。 イヤホンを耳に指して再開ボタンを押せば、音声とともに文字と映像が流れていく。 音と映像がストーリーを補完し、言語外のリアリティを伝えてくれる。VR用のバイザーは持ってこられなかったが、それでも読書ではある。いや、本体出力だけでこの表現力。数世代前の型とはいえ、さすがは極東の高級品だ。 ぼくは最も普及した読書スタイルを普通に消費しながら、同時に紙の本を行商している。しかも徒歩で。爺さん婆さんが若かった頃だって、もうそんな時代じゃなかったはずだ。 音も映像もない、VRにもつながらない、ネットワーク上にバックアップもできない、紙の本。麓の店には物好きの趣味人しかこない。
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