第1章

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オシシとコバト kidd 1 とある駅前の広場の隅に、小さなライオンの像がありました。石の台座に坐って、背たけは大人の腰ほどの高さ。それでも太い前足と見事なたてがみは、やはり立派なライオンのものでした。 駅のまわりには大きなビルが建ち並び、そこで働く人たちがひっきりなしに行き交っていました。けれどライオン像のことを知る人はほとんどいませんでした。広場の反対側にある、真新しいビル壁面の街頭ビジョンのほうが、よほど目印になるからです。 この街に鉄道が敷かれたときからこの駅は、空襲で焼け、あるいは新しい線路ができて、壊して建ててを繰り返してきました。けれどもこのライオンの像は炎からも工事計画からもまぬかれて、同じ場所にずっと坐っていたのです。ブロンズの瞳で駅前広場を見守ることが、このライオンの大好きな仕事でした。 ライオンが坐る台座には、緑青色のプレートに立派な銘が刻まれておりました。けれどもこのライオンの本当の名前は、ただのオシシと言いました。すべての像は、わたしたち人間のつける名前とは別の、ほんとうの名前を持っているのです。 さて、この駅の反対側に出て少し歩くと、大きな公園がありました。公園の入り口には、銀色の鳩の像がありました。鳩は高い台座のそのまた上の地球儀に止まって、行き交う人々を見下ろしていました。 鳩の名前はコバトといいました。近くの駅に新しい線路が乗り入れたとき、この公園のまわりもまた、小ぎれいに整えられました。コバトはそのとき、地球儀と一緒にここへ来たのです。 美しいコバトのいる公園もまた、景色の美しい場所でした。春には桜がこぼれんばかりに花をつけ、夏にはけやきの枝が濃い影をやさしく揺らしました。秋にはいちょう並木が黄金色にかがやき、冬には枝向こうにどこまでも高い空が見えました。コバトのとまる銀色の地球儀の下では、公園の門をくぐる人たちが美しい景色に歓声をあげるのでした。 コバトの仕事はこの美しい公園を見守ることでした。コバトは公園の景色と、それを楽しむ人々を見るのが好きでした。 コバトには仕事がもうひとつありました。それは本当に特別な仕事で、コバトはこの仕事を本当に大切にしていました。 2 「飲みすぎたかな、ライオンが笑ってるように見える」
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