第1章

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男の人はそう言って、お酒でふわふわする頭をふりながら、駅へと入っていきました。オシシは笑いをこらえながら男の人を見送ります。だっていまどき、頭にネクタイだなんて。ほどなく最終電車のベルが鳴り、駅のシャッターが降りていきました。 オシシは台座の上で小さく伸びをして、それからあわてて広場を見渡しました。さいわい、オシシを見とがめる姿はありません。オシシは太い首を真上に向けて、広場に落ちる月明かりを顔に浴びました。 オシシの遥か頭上には、円い月がぼんやりと光っています。わたしたち人間にはほとんど知られていませんが、満月の夜というのは特別な夜でした。円い月の光を浴びている間、すべての像は少しだけ、体を動かすことができるのです。 オシシは台座の上に立ち上がり、伸びをしました。その足元にきじとら模様の猫が寄ってきてひと声にゃあと鳴きました。 「にゃああ。まいどどうも、たび猫メーリングにゃットワークです」 「ああどうも、まいどお疲れさまです」 きじとら模様の猫は尻尾をぴんと立てて、台座のオシシを見上げています。きじとら模様の猫は前足をそろえてその場に座り、かしこまった態度で言いました。 「駅向こうのコバトさんから言伝てがありますよ」 きじとら模様の猫はオシシが坐るのを見計らって、神妙な口調で話し始めました。オシシは台座の上からきじとら模様の猫を見下ろし、いつものように猫の言伝てを聞くのでした。 『このところ雨が続いたので、公園は急に寒くなりました。いちょうの木がいっせいに黄色くなって、まぶしいくらいに見ごろです。公園に来る人たちもすっかり秋だと楽しんでいます。この間は川縁に水鳥たちがきて……』 オシシは台座の上からきじとら模様の猫を見下ろし、いつものように猫の言伝てを聞くのでした。 オシシは駅前広場に来てこのかた、一度も台座から降りたことがありませんでした。コバトの言伝ては、いつでもオシシにとって全く知らない風景を伝えるものでした。 オシシは言伝てを聞きながら、コバトが見ている景色を思い浮かべようとしました。駅前広場にもいちょうの木はありましたが、街灯に照らされる細い枝には、いまだに浅い緑が残っています。これが黄色くなってあたりがまぶしいということは、いったいどういう風なのだろうとオシシは考えるのでした。
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