第1章

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オシシはコバトの言伝てをひととおり聞いて、それからいつものように、きじとら模様の猫に返事の言伝てを頼みました。 『駅前広場ではこのあいだ、古本市がありました。雨が降ったので売り物の箱には大きなビニールが被せてあって、お店の人はちょっと眠そうでした。駅ビルのショウウインドーではクリスマスの飾りを置き始めたので、気が早いことだと思います……』 コバトは駅前広場の風景を知りません。コバトもまた、公園から動いたことはないでしょうから。 オシシはコバトから見知らぬ景色の話を聞くのを、とても楽しみにしていました。ですからオシシの返事も決まって、コバトの知らない駅前広場の様子を伝えるものになりました。 このようにして、オシシは遠くのいろんな像たちと言伝てを送りあうのが好きでした。しかし長い年月のうちにやり取りの相手は少なくなって、この十数年では駅向こうのコバトだけがその相手でした。 オシシはきじとら模様の猫を見送ると、台座の上でもとの形に座り直しました。駅前広場は街頭ビジョンがひかる駅ビルと、窓を明々と灯らせたオフィスビルに囲まれ、まるで井戸の底のよう。円い月の光がオシシに届くのも、あと少しの間でしょう。姿勢をただして、いつもの威厳のある姿に戻らなくてはなりません。 月は高いビルの向こうに隠れ、やがてだんだん空が明るくなってきました。青いいちょうを照らす明かりが消え、街頭ビジョンの時報が朝を伝えます。駅のシャッターが上がり、オシシはいつもの通り人の行き交う広場を優しく見守るのでした。 3 円い月が空高く上った夜更け、公園に入ろうとする姿はありません。肌寒い秋の夜ともなればなおさらです。コバトは銀色の翼を数回ばたつかせると、地球儀の上でいずまいを正しました。公園の入り口、コバトの頭上には広い夜空があり、頭上高くに円い月が光っています。 コバトはきじとら模様の猫から受けた、オシシの言伝てを思い出していました。 眠そうな古本売り、ショウウインドーのクリスマス飾り、駅に出入りする人々の姿。コバトは公園の入り口から、道路の向こうの街並みを眺め、見たことのない風景に思いを巡らせるのでした。 オシシの言伝ては、このような言葉でしめくくられていました。 『……駅前のいちょうはまだ青いので、いつか動けるようになったら、あなたのいる公園のいちょうを見に行きたいです』
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