第1章

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季節によっていちょうが桜や若葉に代わることはありましたが、オシシからの言伝てはきまってこのような言葉でしめくくられました。 いつか動けるようになったら。コバトはオシシの言葉を思い出し、そうなったら素敵だなと思いました。コバトもオシシも、自分が置かれている公園や広場が大好きでしたし、それを見守る仕事が大好きでした。しかしときには、見たことのない風景を、あるいはそれを見ているそのひとに、あこがれる気持ちもあるのです。 それに、オシシの言葉は像ならみんな聞いたことのある噂でした。その場を動かず仕事を百年続けた像には、円い月の光を浴びなくても自由に出歩くことのできる力が与えられるというのです。 動かない像のこと、百年その場を見守り続けることはとてもたやすいことのように思われるかもしれません。しかしそんなことはありません。あの動かないことで有名な渋谷のハチ公でさえ、六十年の間に二回、駅の工事にあわせて動いているのですから。 百年の時間はたいへん長いものでした。ですからほとんどの像たちにとって、「いつか動けるようになったら」というのは、ぼんやりとした夢のような話にすぎませんでした。 コバトはオシシが、自分の生まれるよりずっと昔から駅前広場にいることを知ってはいましたが、それがいつ頃からかは知りませんでした。コバトの知っているほとんどの像は、コバトのようにこの三十年かそこらの間に作られたものでした。 「いつか動けるようになったら、楽しいでしょうねえ」 コバトは地球儀から落ちないように、そっと銀色の羽を震わせると、地球儀の上でいつもの姿勢をとりました。 やがて朝の光が公園のいちょう並木を照らし、眩しい朝がやって来ました。
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