第1章

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緩慢な思考を必死で回転させながら、健介がウインドブレーカーのポケットに手を突っ込んだとき、想像していた固い携帯ではない、がさっとした感触がしたのだ。 取り出したものは、紙だった。……二つ折りにされたそのB5の紙を、ぱらりと開く。 「吉岡、なんそれ?」 信号が青になったのに、動こうとしない健介を不審に思ったのだろう、上田が健介の手元を覗きこんだ。 「うっわー、なんこれ、手紙やし、新聞切り抜いてる、こんなん初めて見たわ!」 開いた白い紙には、丸く切り抜かれた灰色地に黒い文字が、いくつか。……新聞の文字を切り抜いて貼ってあるのだ。 ??あミだ池にくル?? 「……なんだろ」 「新聞の切り抜きで手紙とか、テレビでしか見いひんと思ってたわ、なに、『あミだ池にくル』?なんそれ?あみだ池筋のこと?」 「あみだ池筋?」 大阪の中心部にあまり馴染みのない健介だったが、大阪でいう「筋」が「道」を意味することは覚えていた。道、それも南北に走るもの。御堂筋、谷町筋、堺筋、……最初はなんのことを言っているのか全くわからなかったものだ。 「堀江のあたり通ってるで。こっからやったら、あっち行って、心斎橋越えたとこ。……なに、なんでそんな手紙持ってるん?まさか自分で作ったとか?」 「違うし」 「いこ、また赤になるわ」 点滅を始めた信号に、上田が歩き始めながら催促する。健介は手にしていたその紙をまたポケットに突っ込み、うーんと首を傾げて、……それから唐突に体の向きを変えた。 「吉岡?」 「行ってみるよ、あみだ池筋。また今日の夜な、待ち合わせ七時だったよね。じゃ」 この手紙はきっと、ポケットに入れられたのだ。さっき、鞄がひったくられたあの瞬間、おそらく盗った本人に。……全く気付かなかったけれど。 「あみだ池」という単語が気にかかっていた。この手紙は見るからに胡散臭いけど、一瞬見えたその影と、いつの間にかポケットに入っていたこの手紙が気になって、……「あみだ池にいる」って、何が居るんだろう? もしかしたら、あみだ池に行けばリュックが戻ってくるということかもしれない。……行くだけ行ってみて、無駄足だったら、すぐ警察に届けたらいいのだ。そうしよう。 心斎橋を越えたところ、という上田の言葉だけを足がかりに、健介は歩き始めた。
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