第1章

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 それである時看護婦長が彼のいる部屋の窓を開きます。彼の顔を覆っていた布も外されました。日光が直接彼の皮膚に当たります。これは、彼の心を活性化させる一大要因となりました。彼は皮膚に感じる日の光の温みと風、夜の暗闇から感ずる触覚的な体感温度差から一日の経過を理解できるようになれました。一日一日を数えることもできるようになった。ただ今日が何日かがわからない。しかしある時奇跡が起こります。その日、看護婦の一人が彼の胸を指でなぞります。M、E、R、R、Y、C、H、R、I、S、T、M、A、S。それが「メリー・クリスマス」だとわかった時の彼の喜びがどれほどのものだったか。ついに日付を手に入れた彼には毎日を暮らす楽しみが生まれた。  しかし軍部からは医師も看護婦も彼を人間として扱うことを否定されている。彼は顎で必死にモールス信号を打ちますが、顎の痙攣と見做されてすぐに鎮静剤を打たれてしまう。彼には意思があることも当局は理解していない。ある時将軍が直々に視察に来ます。その日幹部将校の一人が彼の顎の動きをモールス信号だと見抜いて驚き、彼の望みを聞きます。彼は言います。自分をカーニバルの見世物にしろ。自分が人の役に立てる生き方はそれしかない。彼の最後の生きがいは、人の役に立つ生き方なのです。自分が晒しものになろうと彼には見えないし、聞こえないのだから関係ない。しかし彼の存在は軍の機密。それはできないと軍部に突っぱねられた彼は、ならば自分には何の希望もない、死なせてくれとモールスを打ちつづけます。それもできないと言う軍部。思い余った看護婦が生命維持装置を外しますが、それを将軍に見つかってしまう。彼女はクリスマスを教えてくれた彼のかけがえのない理解者でした。たった一人の味方だった彼女の存在を失った彼にはもはや絶望的な延命の人生しかない。彼は最後のモールス信号を打ちつづけます。S、O、S。S、O、S。S、O、S……。
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