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年の頃は十七、八といったところであろうか。長旅による疲れの色こそ濃く残していたが、その肉体は溌剌とした生命力に満ち、同時に戦士としての覇気も持ち合せていた。
「やはり、間に合わなかったようだな。かなり御年を召されていたから、もう長くはないとは思っていたのだが──」
戦士は往来を行き交う人々の暗く沈んだ表情を一瞥し、呟いた。
「司教様──最後に一目、お会いしたかったな」
視線を、大聖堂の上空をゆっくりと流れる雲へと向け、眺め見る。
空は不思議なほどに晴れ渡っていた。透き通るかのような青色が、どこか悲しげに映る。
戦士は再び歩き始めた。
目指すは前方に聳える純白の大聖堂。
それは彼の、この地を守衛する『騎士』としての第一歩であった。
大聖堂内にある、執政官室。
そこに通された青年は、下座に備えられたソファへと腰を下ろし、懐より一通の書簡を取り出すと、その表面を眺めた。
蝋による封印の上より捺印されたのは騎士団の紋様。
騎士団長からの命令書であった。
「『ウェルト・クラウザーをグリフォン・テイル騎士隊──別名・聖都騎士隊への編入を命ずる』──か」
開封すらせず、青年は書簡の内容を言い当てた。
「他の騎士隊ならば、事前に使いの者を出して、先方へ伝達するのだけど」苦笑を浮かべ、小さな声でぼやく。「遠方の騎士隊、それもたった一人だけの異動ともなれば、こうも扱いは悪くなるのか。まさか、自分で自分の人事に関する命令書を携える事になるとは、なんとも格好悪い話だ」
そう、彼が手にしているのは『自分』の──このウェルト・クラウザーという名の男、その人事に関する命令書であった。
青年ウェルトは、手にした命令書を眼前の卓の上に置き、室内を眺め遣る。
南北両側の壁には、書物や書類の束が収められた本棚の類が詰め込まれ、棚や卓の上には花の類も飾られてはいない。
機能性だけを追求した、極めて殺風景な室内であった。
また、大陸規模の一大宗教勢力の総本山である大聖堂にありながらも、宗教的な品も見当たらぬ。
この大聖堂は国の管理下に置かれてはいるものの、政教分立の原則により、半ば独立したものとして扱われていた。
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