第1章

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 だが、宗教都市としての性質上、聖職者によって構成される議会の決定が街の運営を大きく左右する事も多く、それ故、この大聖堂は教団の象徴であり、信仰の対象であると同時に、執政機関としての役割を果たしている。  国より派遣された執政官は、執務の効率化の為、この大聖堂内にて日々の執務を行っているのだ。  それ故、この部屋の主のように、大聖堂内に身を置きながらも敬虔なる信徒ではない者が管理する部屋に至っては、このように宗教的建造物の一室には似付かわぬものと化すのも道理。  程なく入口の扉が開かれ、ウェルトのもとへと歩み寄る者がいた。  その執政官の装いは、決してこの神の御園に相応しきものではなかった。纏いし衣は薄汚れ、さらにその歩みは、清廉にして穏やかな僧のそれとは対照的に大股で荒々しきもの。  これらの態度の主は、年の頃三十を間近に控えた、壮年の男。  室内にウェルトの姿を認めると、その男は満面の笑みを浮かべた。 「よく無事に帰って来たな!」 「ただ今戻りました──ゼクス兄さん」  ウェルトも笑い返し、兄の手を取り、握りしめた。 「セティ様がお亡くなりになられたと聞いて驚きました。大聖堂はさぞかし大変だろうと思いましたが」 「セティ様が亡くなられ、大聖堂は大荒れよ。何の理由があってかは知らぬが、御存命のうちに後継者の選別をされなかったからな。まぁ、あのような偉大な大司教殿の跡目を継ぐに相応しき候補など、簡単には現れないのは当然とも思うが、暫くは、気の滅入る日々が続くと思うと……」 「やはり、そうでしたか。あまり休まれてないように見えますが」 「三日は碌に寝ていないさ」ゼクスと呼ばれた男は言った。「王都をはじめとした、各地への伝達に人を送る手配をするにも骨が折れる有様よ。何せ、悲しみに暮れる僧や騎士に長旅となる任務を命じねばならぬからな。彼らには随分と恨み事を言われたものよ」 「その割には、殆ど堪えてはいないようですが」 「無論だ。この程度で心を病ませているようでは執政官など務まらぬ」 「頼もしいものですね」  ウェルトは歳離れの兄を讃えた。称賛の対象となったゼクスは、この賛辞に冗談めかして応酬する。 「最期に一目、セティ様にお会いしたかった。幼少期より、よく面倒を見て頂きましたからね。せめて最後に思い出話の一つでも、と思っていたのですが……」 「天命ゆえ、仕方ないさ」
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