第1章

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 司教と呼ばれる最高位の僧であり、司祭たちを管轄し、束ねる役目を担う。故に、司教は国政にも意見できる権限を持ち、政教の繋がりの深さを示す象徴的な存在でもある。  老いてはいるものの、衰えを感じさせぬ程にその背筋は真っ直ぐ伸び、ゆるりとした所作で手を振って群衆の歓声に応える様は気品に溢れ、そして深い皺に刻まれた顔に浮かぶは慈愛に満ちた色彩。  その所作に、集いし僧や騎士、そして民は更に歓声を上げた。  極限までに高まった数多なる声は音のうねりと化し、高山地帯にあるこの街を丸ごと飲み込まんとする。  自らを讃える音の奔流に、赤と白の衣を纏いし壇上の司教は、まるでその声が神の言葉であるかのように、歓声のひとつひとつを噛みしめ、感謝をするかのように、ゆっくりと、そして深々と頭を下げた。  声の奔流がこの聖なる都を支配すること数分。次第に群衆の声が小さくなり始めた。それを見計らい壇上の老女が掌を正面に翳すと、街はまるで潮を引くかのように静まり返った。  聖者は口を開き、声を発した。 「この聖都が、悪意の手より救われて五十年。瞬く間に過ぎ去ったような、そんな気が致します──」  それは、老人とは思えぬほどの朗々とした声。群衆の遥か遠くの者にまで届かんばかりに街中へと響き渡った。 「瓦礫を撤去し、蛆沸く肉塊と化した死骸を除け、魔物の血に汚れた土を掘って浄化をするのに一年。人を呼び戻し、崩れた家屋を建て直し、朽ち果てた最後の戦場に街としての機能を回復へと至らせるまでに五年の月日を要しました。ここまで随分と長くかかったものです。最初は老いも若きも、貧しき者も富める者も、誰もが復興など望めぬと思っておりました。復興に一縷の望みを賭ける我々を嘲笑した者も多かったと聞きます。ですが我々は三十五年前、遂にこの聖都は完全なる復興を成し遂げたのです」  静まり返る空間に、声が残響する。 「復興を成し遂げた我々を、次に待ち受けていたのは別離の連続でした。我々が復興の為に費やした十五年という長き月日は、世代を交代させるには十分なる時間。老いた僧は、明るい未来を若き僧に託してこの世を去り、若き騎士は次なる戦場を目指し、この聖都に別れを告げて行ったのです。その中には、我が生涯の友にして、五十年前の戦い──その最大の戦功者であった英雄『双翼の聖騎士』と呼ばれる二人の騎士もいました」  しばし、声が止む。
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