第1章

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 壇上の老司教も聴衆も、誰もが過去に思いを馳せ、有りし日の事を、或いは先人より語り継がれる昔話を思い起こしているかのように。 「二人が、次なる戦場と定めたのは、ここより遥か東の王都グリフォン・ハート。当時は前国王が崩御された事が契機となり発生した後継者争いに議会が便乗した所為で政治は停滞しておりました。その年は、不幸にも冷害などの天災に襲われ、各地で餓死者すら出ている有様。──にも関わらず、貴族たちの権力闘争はやがて武力衝突にまで発展させ、民にも直接的な被害を及ぼすなどという暴挙に出る始末。まさに『暗黒の時代』と称するに相応しい惨状。そんな指導者なき我が国を支配する暗雲を晴らす為に、彼らは再び立ち上がり、そして、この騎士団の介入によって衝突は収束致しました。これからの話は皆様も御存じの、騎士団による『十年政権』の成立です」  その言葉が出た瞬間、聴衆から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。  王家と議会が安定した王位継承者と政権を樹立するまでの間、一時的に政権を譲渡された騎士団による政権。  騎士団の長、及びその副長である『双翼の聖騎士』と呼ばれる聖騎士夫婦が指導者となり、国内にある豊富な鉱山資源の採掘や、農工業を中心とした施策と、他国との交易を活性化させた事により、貧困に喘いでいた民衆の生活を改善し、王家と議会に政権を返却するまでの十年間において、国に空前の発展をもたらしたと言われている。その厳格ながらも公平なる施政は、やがて『十年政権』と称されるようになり、今も尚、民衆の心の中に残っていた。  その十年が、民衆にとって良き時代であったのは言うまでも無く、騎士や僧、そして一般の民からあがる歓声は、まるでその時代を懐かしんでいるようであり、その時代の再来を願って止まぬかのようですらあった。  この沸き起こる歓声こそが、民からの意思表明。騎士団より権力が返還された現王家や議会に対し、否を突きつける評価であった。 「今は亡き、聖騎士の二人が我々に遺してくれたもの、恩恵の数々を挙げれば枚挙に暇はありません。ですが今日、その中でも一つ挙げるとすれば、この人を除いて他はないでしょう──」  そう言うと、司教は後方にある、開け放たれた扉──先刻まで自分がいた聖堂の奥へと視線を送る。
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